「親父のおさがり鑑定団」では、過去モデルではあるものの、未来に継承したいそのクラブにまつわるエピソードをご紹介します。

ミズノ「T-ZOID」

ミズノプロモデルに妥協は許されない

ミズノ・T-ZOID 1996年

プロモデルらしいセミグースネック。芯は小さすぎずコントロール性も上々。本格派の顔つきとやさしさが評価された。

時は鍛キャビ戦国時代。“美濃国”にものろしが上がる

鍛造マッスルバックと鋳造キャビティ。アイアンは長らくこのふたつに大別されていた。それが90年代後半、「鍛造キャビティ」という第3のジャンルが登場し始める。当初は上級者から見向きもされなかった“鍛キャビ”だが、やさしさと打感に目をつけて、ツアープロが徐々に使い始めたのはご存知の通り。

上級者もこの顔に納得

この流れにメーカーも黙ってはいられず、新モデルが次々と開発され、世は「鍛キャビ戦国時代」に突入していく。上級者が納得する「プロキャビ」の開発競争に各社がさらされる中で、頭ひとつ抜けていたのがブリヂストンだった。「ジョーキャビ」、「モデルHM-55」など、有力な契約プロたちのモデルを開発し、この時代をけん引していた。

この戦乱の世で、ブリヂストンの覇権に待ったをかけたのが、マッスルバックアイアンに定評があったミズノだった。36年に初の軟鉄鍛造アイアン「トーナメント」を発売、以降「ミズノスタッフ」、「MS」、「MP」と連なる系譜を築いたミズノが持てる技術を駆使して作った「打感のいい」鍛造キャビティアイアンが、この「T-ZOIDプロ」だ。

画像: シャープなフォルム

シャープなフォルム

アベレージゴルファーをターゲットにした「T-ZOID」がベースになり、低重心で重心距離もやや長め。おまけに評判のいいミズノの打感が付いてくるとあれば、売れない訳がない。このモデルはミズノの世界戦略モデルとなって世界中にその名を轟かせることになる。

創業者の水野兄弟が岐阜県出身だったため、「美津濃」と表記していた時代もあった。美津濃の勢力は、今も間違いなくアイアン戦国時代の真ん中にいる。

※月刊ゴルフダイジェスト2014年5月号より

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