国内屈指の研究施設にクォン教授がやってきた
バイオメカニクス(生体力学)を用いて、効率の良いスウィングとはどんなものかを研究しているヤン・フー・クォン教授。私は教授の取り組みに共感して、数年前からプレーヤーのスウィングの研究のお手伝いをしています。
現在、欧米のティーチングでトレンドとなっているのがフォース(力の向き)を測定して、それを効率化・最大化させるようにスウィングの動きを調整していく方法です。
例えば飛距離を出すためには、出力するエネルギーを最大化する必要がある。だからそのエネルギーの大きさや向きを計測しながらもっとも効率の良い動きを探していきましょう、というものです。なんとも欧米らしく合理的な考え方ですね。理想の形があってそれに合わせるようにビデオでチェックをして修正していく方法は、もはや時代遅れの方法になってしまっているのです。
クォン教授はこれまでプレーオフで2連勝したブライソン・デシャンボーをはじめ、マット・クーチャー、ビジェイ・シン、Y・E・ヤンなど200人以上のPGAツアー、LPGAの選手のスウィングデータを収集・分析して論文を発表し、選手へのフィードバックを行ってきました。
PGAツアー選手はクォン教授にデータという「事実」を明らかにしてもらい、自分の中の勘違いや気づかなかったことを学ぶのです。タイガー・ウッズの前コーチ、クリス・コモも教授の生徒としてツアープロのスウィング計測に参加し学んでいたといいます。
バイオメカニクスに限らずこういったデータ分析は、サンプルの数が大きなポイントになってきます。トッププロのスウィングのように有効なデータをたくさん持っていれば、計測した人は平均と比べてどうか、またどこを修正したら良いかがすぐに分かります。教授のもとに多くのプロがやって来るのは、単に計測ができるからだけでなくデータを役に立てる方法を知っているからという点が大きいのではないでしょうか。
さて、普段はアメリカの大学で研究をしている教授ですが、今回日本のプロゴルファーのデータを取得するために来日しました。そんなサンプル取得の中でももっとも興味深かったのが、身長165センチながらドライバーの平均飛距離が290ヤードを誇る藤本佳則です。
フォースの測定には専用の計測器具が必要です。国内でも限られた研究施設にしかないため、今回は立命館大学の研究室の協力を得て計測をすることになりました。力の強さや向きを計る埋め込み式のフォースプレートと、体の動きを記録するハイスピードカメラやモーションキャプチャを合わせて使うのですが、今回使用した器具のお値段合計はなんと、1億円超え!
最近レッスンやクラブフィティング等で使われる「GEARS」などの器具も注目されていますが、研究機器と比べるとおもちゃのようなものです。研究室で計測できるデータとその精度は段違いで、スウィング中の体やクラブなど細部に至るまですべての力やスピードなどをデータ化できます。まさに「スウィングの精密検査」と呼べる世界最高レベルのスウィング分析を行う事になりました。
身長差を覆す地面反力による飛ばし
一般的に藤本のように身長の低いプレーヤーは、腕とクラブの長さが短いため遠心力が小さく飛ばしには不利です。また筋肉の量も相対的に小さくなるため、自らが出せるエネルギーは小さくなりがちです。
計測の目的は、その不利な条件でどのようにエネルギーを生み出しているかを探ることでした。そして計測の結果分かったのが、藤本が一般的な選手より地面を踏んだ反動で返ってくる反力の力が大きいという事です。
藤本自身は以前から強く踏むように振っていたと言いますが、新たな発見もあったようです。
「昔から踏む意識はありました。そうすることでヘッドが走ることが体感として分かっていたからです。今回計測したことで、なぜ地面を踏むとパワーが出るのかという理由を数値で知ることができました」(藤本)
さらに教授のアドバイスで、ヘッドスピードを上げることにも成功しました。
「ただ踏めば良いというわけではなくて、タイミングと力をかける方向が大切です。計測結果を見ながらそういったことを微調整していく。今回、短時間で結果を出すことができましたが、これはフジモトサンの適応能力の高さに寄るところも大きいでしょう」(クォン教授)
藤本と某有名PGAツアー選手のデータ比較を行いましたが、20センチ以上違う体格差にもかかわらず地面反力などヘッドスピードを上げる数値はすべて上回り、クォン教授からも素晴らしいと絶賛されていました。今後更に力の向きを理解し、改善することで飛距離だけではなくスウィングの再現性を高めていくことができると思います。
実験の内容は9月11日発売の週刊ゴルフダイジェストでも取り上げています。アマチュアにも参考になる部分も大いにあるので、チェックしてみてください。
撮影/大澤進二