日本初開催のPGAツアー「ZOZOチャンピオンシップ」はタイガー・ウッズの優勝で幕を閉じた。台風の影響で不足の事態が続いたが、無事試合を終えることができたのは大会運営スタッフたちの尽力のおかげだろう。大会運営スタッフとして今大会に携わった海外取材歴20年のゴルフエディター・大泉英子が、歴史的舞台の裏側を語ってくれた。

日本初開催のPGAツアー、その裏にはスタッフたちの尽力があった

日本初開催のPGAツアー「ZOZOチャンピオンシップ」は、来日13年ぶりのタイガー・ウッズが、松山英樹に3打差をつけ優勝。1996年にラスベガス・インビテーショナルで初優勝を飾って以来23年の年月を経て、ようやくサム・スニードと並び、ツアー最多優勝タイの82勝を記録した。

画像: ZOZOチャンピオンシップを制したタイガー・ウッズ(撮影/姉崎正)

ZOZOチャンピオンシップを制したタイガー・ウッズ(撮影/姉崎正)

ここまでの勝率は22.8%。ベン・ホーガンの持つ21.3%の勝率を上回り、史上最高の勝率となっている。過去にもし体に大きな故障を抱えなかったら、とっくの昔にツアー82勝の記録も、ジャック・ニクラスの持つメジャー18勝の記録も塗り替えていたことだろう。

43歳になり、最近では体の衰えを訴えることも多いタイガーだが、スニードは52歳で自身最後の82勝目を挙げている。スニードのラストウィンの年齢までは、まだ約10年もある。今後スニードの記録を破って歴代1位の記録を塗り替え、ジャック・ニクラスの持つメジャー18勝を更新する自信とモチベーションを高めることが今回の優勝でできたのではないか、と思う。

「(スニードのように)52歳までプレーし続けられたらいいね。数年前に同じ質問を聞かれたら答えは違ったかもしれないけど、(こうして勝てて)未来の見通しは明るい。彼のように40代後半~50代前半でも安定したプレーができればいい」

「2ヶ月前に手術を受け、こうして復活優勝することは容易なことではなかった。また、ヒザのせいで体の回転もままならず、腰とお尻周りに負担がかかっていたが、今では良くなってきて自分の思い通りのショットが打てるようになってきている。今週の結果は未来に向けてよい兆しになったと思う」

タイガーの歴史的な優勝が我が国・日本で達成されたこと、そしてその現場に立ち会えたことは、長年ゴルフ取材を続けてきた私にとっても感慨深く、思い出深い試合となった。これまで数々のメジャー優勝、レギュラーツアー優勝を見てきたが、日本初開催のPGAツアーでの優勝シーンの目撃者になれたことは、非常にラッキーな出来事だ。日本のゴルフ史上にとって歴史に残るZOZOチャンピオンシップ第1回大会で、タイガー・ウッズの歴史的優勝に立ち会うなど、もう今後は体験することができない稀有な経験だからである。

しかもこの週、実は通常の記者としての業務ではなく、大会運営側の仕事を受けて現地にいた。これも私にとっては貴重な経験。PGAツアーを本格的に取材しはじめて約20年。日頃のPGAツアー取材で培った知見、選手たちとの関係を裏方として活かすこともできるかな、という想いで引き受けたのだが、こんなミラクルが待ち受けていようとは想像もしていなかった。

日本のトーナメント運営には慣れている大会運営側のスタッフたちも、PGAツアーを現地に赴いてまで見たことがある人は少ない。しかも選手に何かリクエストする場合も言葉のバリアがあるだけでなく、世界のトッププロに対してお願いごとをすることに対しても気がひけるだろう。そこは私の出番。日頃から選手たちに様々な無理難題や質問をぶつけている私なら、そうそうビビることもない。

もちろんタイガーは別格で他の選手たちとは違う緊張感が漂うし、容易にあれこれお願いできるタイプではないが、今回は日本のファンたちやスポンサーの意向をできるだけ汲もうという態度でタイガーもいろいろな業務をこなしてくれていたように見える。

スタート前、普段ならティグランドに入ってきた後は静かにティオフの時間を待ち、ピリピリとした雰囲気を漂わせる彼だが、その時間にスポンサーとの記念撮影を行ったり、サッカーやラグビーなどで見られる、子供と手を繋いで入場する「キッズエスコート」をPGAツアーで初めて行うなどのちょっとしたイベントがあった。

どのタイミングで手をつないで出て行って欲しいとか、子供たちに可能であればサインをしてあげたり、ボールを渡してもらえないか? などもお願いしなければならなかったが、日本初開催の試合ということで、日本ならではのスポンサーへのおもてなしや未来のゴルフ界を担う子供達との接触を重視するスポンサー側の意向を叶えるべく、タイガーを含む他の選手たちの協力を得られたことはありがたかった。

通常スタート前の緊張感漂う場面では、選手たちに声をかけることはない。みなそれぞれの間合いでティグラウンドに向かい、心静かにティショットに臨むので、そのリズムを崩してはいけないと考えるが、今回はちょっとしたお祭りのような気持ちで臨んでくれたのは幸いだ。

特にタイガー自身も久しぶりの来日に合わせて、数々のスポンサー業務をこなす1週間だった。ナイキのイベントに始まり、松山英樹、ローリー・マキロイ、ジェイソン・デイとのスキンズゲーム、水曜日のプロアマ戦、第1ラウンド後のクリニックなどなど、いつもの彼の試合に臨むルーティーンに比べたら、めいっぱい仕事が入っていたので、あまり試合にも集中できないのでは、と危惧したし、ヒザの手術後の復帰戦がZOZOチャンピオンシップなので、ヒザの調子次第では棄権もありうるかと心配していた。だが、終わってみれば完全優勝。タイガーが大好きな日本人のゴルフファンたちの前で期待に応えて優勝するのだから、さすがである。

もし晴天続きだったら、無観客試合もなかったし、月曜日フィニッシュもなかった。ここまで選手やギャラリー、そして我々大会関係者が骨を折ることもなかった。ギャラリーたちは購入したチケットを手に、PGAツアー観戦を普通に楽しめたはずである。しかし台風が千葉を襲い、コースの一部が冠水。とても2万人のギャラリーを受け入れられる状態ではなかった。だから日曜日に来場できたギャラリーたちは、「PGAツアーを自分の目で観たいのに観られない」というストレスや鬱憤を晴らすかのように応援にも力が入っていたように思う。

スポンサーのZOZO、運営チーム、習志野CC、そしてPGAツアーは日々、夜遅くまでミーティングを重ねながら、次から次へと湧き起こる問題を解決すべく全力で取り組んでおり、私もその端くれとして日々のミーティングに出席していた。そして最後にはタイガーの歴史的優勝で幕を閉じた。

スタッフは皆、ホッとした表情で大会運営をやり終えたことに喜びを感じ、戦いが終わったあとの爽やかな青空のもと、記念撮影をしたり、握手やハグをしながら互いに健闘をたたえ合う場面も多く見られた。初回だからいろいろなことがうまくいかないこともあったし、今後に向けて改善すべきこともいろいろとあった。しかし、初期メンバーの一員として働くことができて、本当にいい経験をさせて頂いた。いつも通りに取材していたらわからない、大会運営の裏側やその努力を垣間見ることができたからだ。

画像: 試合終了後、大会に携わった関係者、ボランティアたちと記念撮影も行ったタイガー(撮影/姉崎正)

試合終了後、大会に携わった関係者、ボランティアたちと記念撮影も行ったタイガー(撮影/姉崎正)

来年も世界のトッププロたちがZOZOチャンピオンシップに出場してくれるよう、私なりに尽力できれば、と思っている。

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