予選会で出場権獲得ならず。そこから持ち球を変える改造に着手した
稲見が奥嶋と出会ったのは、2018年のQT(ツアー出場権を争う予選会)のサードステージで敗退した後のこと。その時点で推薦以外に翌年の出場権がなかった稲見は、開幕までに持ち球をドローからフェードに変えるという大胆なスウィングチェンジを行った。
奥嶋の指導の元、持ち球を変えて臨んだ2019年シーズンは、推薦で出場できる限られた試合で賞金を稼ぎ、それ以降の出場権が決まる第1回のリランキングで上位に入ることを目標にシーズンイン。リランキングまでに出場した7試合で1000万以上を稼ぎ出して中盤戦以降の出場を決めると、初優勝をつかみ、最終的には7000万円超を稼いで賞金ランク13位に入る離れ業をみせてくれた。
QTのファイナルにまでたどり着けないところから、一気にトップレベルにたどり着いた稲見。その過程で奥嶋と稲見が徹底して行ったのが「左手一本ドリル」だったという。
このドリルを徹底して繰り返したことが稲見のクセを矯正し、本来持っていた感覚を引き出したことが躍進につながった。その意図を、奥嶋はこう説明する。
「もともと練習量はすごく多いタイプでしたが、体の軸を傾け下からアオるような打ち方で、安定していませんでした。そこで、以前やっていて感覚が良かったという左手一本で打つドリルを再開。そのことでスウィング軌道を整え、持ち球もドローからフェードに変えることができました」(奥嶋)
インサイドアウト軌道でドローボールを打とうとすると、とくにドライバーの場合、クラブヘッドがアドレス時のシャフトの角度よりも下から入りやすく、そこから急激にフェースを返すような打ち方になりやすく、安定感は減る。
一方、左手1本で打とうと思えばおのずと体の動きとフェースの動きを連動させるような打ち方になる。そのやり方を、奥嶋はこう説明する。
「クラブは左手の小指から3本でしっかり握り、体の動きと連動させながらヘッドを上げていきます。切り返し以降は、『引く』ような動きでリードする(クラブを下ろす)ことで、クラブの通り道やフェースの向き、入射角も一定に整ってきます。そのようにしないと、左手1本ではそもそもボールを打てないですから」(奥嶋)
左手1本では、フェースを急激にターンさせるような打ち方は難しい。テークバックは体と連動して上げ、ダウンではクラブの動きたい方向に自然に動くのを補助するようなやり方でしかスウィングできない状況を作ることで、飛距離を落とさないまま安定感を高め、本来のアイアンショットのキレ味も取り戻すことができた。
まして、開幕後ともなれば試合のたびにあれこれやっては逆効果。左手一本のドリルを続けることでスウィングの基準を作り、調子が悪くなってもクラブの軌道を整えることができたと奥嶋は言う。今年がルーキーイヤーだった稲見が一年を通じて安定した成績を残し続けることができたことが、その言葉を証明している。
この左手1本で打つドリルは、アマチュアゴルファーにもオススメだと奥嶋は言う。とくに、クラブの軌道が安定しない人、左手リードが体感できない人はぜひ試しておきたい。両手で握っても左手一本で振っているように感じられるほど、その感覚を覚えこませることが大切なようだ。
畑岡奈紗、渋野日向子、鈴木愛に次いで世界ランキング54位と日本人4番手につける稲見。オリンピック強化選手にも選出され、このオフはショット力にさらに磨きをかけてくるに違いない。前半戦に大活躍すればオリンピック出場のチャンスは十分ある。
稲見萌寧を強くした左手1本ドリル、ぜひ試してみてはいかがだろうか。
取材協力/ノビテック、ヒルトップ横浜クラブ