海外のコースロケーションや芝の違いにも慣れてきた
久常涼が高3時の「緑の甲子園」は新型コロナウィルスの影響で12月に行われた。そのときプロ転向後わずか数日だった久常に対し、プロ入りについて聞いてみると、
「僕、バカっすよね。調子に乗ってますよね、プロ転向なんかして」と半分照れながら答えていた。ただ、目はとても力強くキラキラしていたのを覚えている。彼は、不安を抱える普通の18歳なのか、自信家なのか—―そう思いながら、とても魅力を感じたものだ。
あれから2年経ち、目の前にいる久常涼には、相変わらずそのどちらの雰囲気も存在していた。ただ、気負いはない。
国内開幕戦の東建カップ終了後、ベトナムでのアジアンツアーに参戦し、またISPS HANDAに出場するために帰国した久常は開口一番、
「めっちゃベトナム暑かったです。海沿いのリンクスだからフラットだと思ってたらアップダウンもすごいし。G・ノーマン設計です」と楽しそうに話をしてくる。
羽田からレンタカーを借りて駆けつけ、途中の渋滞に「腹立つわー」と笑い、焼けた肌に似合うピンクのウェアは、“勝負カラー”ではなく、ただ洗濯が間に合わなかったから着ていると笑うのだ。
久常は基本、エアやホテルの手配を自分で行う。「最近は、川村(昌弘)さんのマネジャーの横山さんにお願いして、半々なんですけど」。"自分で”は、久常のキーワードのひとつだ。
欧州ツアーのインタビュー映像で見た流暢な英語を話す姿に感心したことを伝えると、「いやいや、全然ですよ。聞くほうはまだいいですけど、しゃべるほうがまだまだ……キャディのトムの存在は大きくて学んでます。あっちにいれば、しゃべれないと何もできないっすから。飛行機が飛ばないなんてトラブルがあったら、結局自分でやるしかないから」
英語は、特別勉強はしていないが、アメリカの大学進学を考えていたとき、3カ月ほどかじったのだという。
「アメリカに試合に行ったときに大学からオファーが来て、話は進んでいたんです。よーし、やってみよう! というときに、コロナで、もう止めた、となって」
コロナ禍でその道がはばまれたことについて、「ナイスタイミングでしたよ」と本人は茶化すが、悔しい面もあったのではないか。実際、高3時に受けた国内QTは1次で予選落ちし、"満を持して"のプロ転向ではなかっただろう。しかし、自分の道は自分で切り開くのが久常涼という男だ。
「プロ宣言は、ニートに向けての第一歩でしたから(笑)。でも今思うんです。40過ぎまで第一線でプレーされてる方はすごいなって。その準備が僕は足りていないなって。どこかで延命治療を頑張ってやらないといけないです」
これはトレーニングなど体づくりのことで、本人は好きではないのだそうだが、「トレーナーさんの帯同も考えたんですけど、お金のことを考えると……だから自分の体は自分でできるよう、日本で聞くだけ聞いてやっています。まだ20歳なので何とかなってます」。
まだ20歳、もう20歳。久常は、置かれた立場を理解し、日々挑戦と経験で大きくなっている。
「海外のコースの池のロケーションにもだいぶ慣れてきましたし、芝の違いにも。沈むライしかないから潰して打つしかないけど、日本に帰ると浮いているから、反応しちゃって、打ち込んで、ミスする。アイアンがスティープに入るので上っ面しか当たらない。ウェッジがより下手になります」
2月にオマーンで開催されたアジアンツアーで優勝争いを繰り広げながら、目の前で先輩の金谷拓実が優勝したことも、「あれですごく気づかされた。こうやって勝つんだって。プレーもですけど、気持ちの入り方がすごかった。風が強いなか、あんないいゴルフを……目の前で見れたことがすごくいい経験になったから、僕もそのあと、いい結果が出てきたのかなと思うんです」
“超自由人”だと自己分析する久常。最初の試合以降は日本人選手と練習ラウンドはしていない。一人でふらふらと回っていると笑う。実際、欧州では、楽しさが勝っているのだろうか?
「いやー、しんどいですけどね…… でも行けばなんとかなります。行く前は憂鬱なんですよ。だって日本食が美味しいから。でも1週間もすれば適応します」
揺れる心を糧に、成長していく。20歳の特権だ。
「ゴルフしているときは楽しいです。移動は今は大変ですけど、ヨーロッパ本土に入ると日本みたいになるって川村さんに言われたので。これから暇なときには何をしようかなと。川村さんみたいな街や世界遺産巡り、ちょっと興味あります。でも、海外って向かない人もいる。だから自分でダメだと思ったら、自分が心地いいツアーでやるのも選択だと思うし、海外挑戦がベストではないから。ムリしてイヤイヤやるよりも、結局、楽しむことが大事なんだろうとは思います」
自立がともなう自由とともに、久常涼は、世界を駆け巡っている。
自分スタイルを探して、目指すはPGAツアー
今の欧州ツアーには、ジュニア時代からのライバルや自分より若い選手も参戦している。
「やっぱりレベルは高いです。ラスモス兄弟なんかはヤバイ。飛んで曲がらないし、パターも上手い。中国にもいい選手がいます。シンガポールで2日目トップに立った、もうすぐ大学に行くウェニー・ディンは、これで高校生かよって。タイの16歳、ラチャノン・チャンタナヌワットも3日間回ったけどヤバイ。昨年15歳でアジアンツアー優勝ですから、もうできあがってますよ。スウィングも何も全部上手い。びっくりした。僕はもうおじさんゴルフやろうって(笑)」
すらすらと名前が出てくるあたり、周りをしっかり見ているあらわれだ。
1日の生活を聞くと、朝イチで練習ラウンドし、午後はホテルで寝て、夕食は夕方5時くらいから、ふらふらと一人で食べに出ることが多いらしい。
「けっこう時間はあって楽しいんですよ。寝れるときはずっと寝てます。でもNETFLIXがないとムリ(笑)。アニメやドラマを見たり。PGAの選手の『フルスイング』も見ました。トップの選手もやっぱり苦しんでいるんだなあと。YouTubeでゴルフ系の番組も見ます。(堀川)未来夢さんなど、先輩プロのものを見て、なるほどーと思ったり」
食事は、街の普通のレストランで、何でも食べるという。
「ケニアはメキシカンが美味しくて通い詰めていたし、中東のオマーン、カタール、ドバイは中華系も多いから美味しいですよ。日本食もあるんですけど、普通に3、4万円くらいすると思います」
現地食を自由に食べているようだが、きちんと選んでいる。冷静な面も併せ持つのだ。
「結局お腹いっぱいになればいいんですけど、僕、同じものを食べ続けられるので。でも、インドやケニアで気をつけていたのに、香港でお腹を壊した(笑)。でも、日本に帰ると美味しすぎて食べ過ぎて体調が悪くなる感じですよ」
寂しくなったりはしない。
「慣れてるからかな。小学生時代から1人で試合に行っていた。それがいい経験になっています」
欧州参戦5年目の先輩、川村昌弘とはときどき食事をする仲だ。
「僕の3つくらい上をいくぶっ飛び方で、本当に面白い方です(笑)。僕はまだまともだと思います」
とはいえ、ゴルフに力を尽くすと同時に、欧州を楽しむ術を見出せるところは、似ているのだろう。今、自分で足りないと感じているものは?
「根性、気合い……ゴルフも全部ダメだし、やることいっぱいあるっす。でも、ダメなことを考えてもダメなので……好きなようにやってはいます(笑)」
欧州でも通用するものは?
「だいたい"並"くらいにいる気がするので、その並を重ねれば、たまにいいところにいけるんじゃないかって。相性のいいコースなども見ながら、今の流れを維持しつつ、もう少しレベルを上げていければ、ヨーロッパでも普通に戦えるのではないかなと思います」
「いろいろな国に行き、いろいろなコースでプレーしたい」という久常。そもそも、国内でも全コースをプレーしたいという思いがあったという。
「新しいコースを見るのが楽しい。地元の岡山もあと3つかな。地味に多いんですよ。でもやり始めると止まらないから」
今は、とにかく試合が多くて、プライベートでラウンドする余裕はない。「けっこうスケジュールを詰めてるので、いつかオーバーヒートしそうだなと思います」。
でも、今はそれでいい。自分を苦しめながら、自分の可能性を探っている。
「僕は試合があれば出ないといけないという責務のようなものがあって、あまり休みたくない。昨年、QTの前の1試合は、泣く泣く休んだくらい、本当は嫌なんです」
今、ABEMA時代を思い出すと、戦い方は変わったと思うそうだ。
「ABEMAは楽しかったけど、戻りたくはないかな。本当にがむしゃらに頑張っていた。マンデーを通って、3位タイで翌週につながって、トップ10でつないでいき、優勝して……そのときとはゴルフの仕方は変わってます。勝たないといけないゴルフでしたが、今はのらりくらり」。
要は「シーズンを通して戦うためのゴルフ」を目指しているのだ。
「果たしてそれで勝てるのか……もしかしたらガンガンいって、ダメと良いの繰り返しのほうが優勝はできるのかも。でも、まだスタイルがわからないので、のらりくらりです。まあ、結果が出ているからボチボチやっていけます」
止まらず、自分スタイルを探しながらいくところまでいく。
「ヨーロッパも試合数がめちゃくちゃ多いので、そちらに専念しつつ、にはなりますけど、空き週に日本やアジアにも出たい。いろいろな国に行けるので、アジアンツアーもシードをキープしたいです。もちろん全英などにも出られるように頑張りますし、でもダメなら同週開催のPGAの裏の試合にも出たい。最初にスケジュールが出たときから確認していました」
情報収集も怠らない貪欲な久常の最終目標は、PGAツアーだ。
「僕の将来の目標としては、マスターズやメジャーに出ていきたい。でもしばらくは、ひっそりやっていきたい。アレ誰? と言われるようにしたいんです(笑)」
7月までは欧州本土転戦中の久常。海を越えて勝利の報を届けてくれれば、いやがおうでも目立つ存在になるはずだ。
※週刊ゴルフダイジェスト2023年6月20日号「欧州武者修行・久常涼」より