あの川奈ホテルGCにマイスター制度が導入されたというが、その経緯とは?
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こちらバッジをつけたマイスターを見つけたらぜひ声を掛けてみよう

同制度はドイツ発祥の実用的な技術や知識を身に付ける人材育成方法のことを指し、日本では「高等職業能力資格認定制度」などと称される。これをアレンジして、川奈ホテルGCの魅力(コース・ホテルの歴史や設計者の意図、ロケーション、エピソードなど)を、どう客に伝えていくかを目的にして制度化したという。

ここで同GCの歴史を簡単にまとめてみる。創設者は大倉財閥の大倉喜七郎男爵。最初は牧場を計画したが岩盤だらけで断念し、ゴルフ場に切り替えた。小田原から船で土を運び盛り土を行う必要があり、莫大な費用が見込まれたが、大倉家には当時の国家予算の27分の1に当たる7500万円が先代の喜八郎から相続されており、そんなことではビクともしない。

最初に開場したのは1928年大島コース。設計は日本ゴルフ黎明期に功のあった大谷光明。

もうひとつの富士コース開場は36年。すでに赤星六郎設計で6ホールが出来上がっていたが、東京GC朝霞C設計のため招聘された英国のチャールズ・アリソンに変更させた。

同時期にホテルも完成。戦後は米軍らによる接収を経て大倉財閥の元へ戻っている。

現在経営母体は㈱西武・プリンスホテルズワールドワイド。

同GCを国際的に有名にしたのはやはり、62年に第3回世界アマが行われたことだ。これに先立って54年には当時人気絶頂だった女優のマリリン・モンローと大リーガーのジョー・ディマジオが新婚旅行で訪問している。

話を戻す。

同制度の評価・査定方法は筆記試験や実技試験により行われ、合格者には認定バッジを授与。対象は同GCに雇用されたスタッフ全員で、第1回となった今年はキャディ1人が合格、4月から“任務"に就いているとのことだ。なお、同制度は個人評価対象として業績評価にも反映され、アルバイトは時給がアップする。

実は同GCには井原利夫氏という伝説の”語り部”がいる。ホテルの元支配人で創設者から次世代へと引き継がれてきた歴史的エピソードを口伝書としてまとめている。この後継者も欲しいところだろう。

同GCを訪れた際にはマイスターバッジを見つけよう。歴史好きなら興味あるエピソードを堪能できるはずである。

※週刊ゴルフダイジェスト2024年6月4日号「バック9」より

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