「プロになってすぐツアーを席巻したジャック(ニクラス)と違って私は下積み時代を経験しました。当時ジャックとミスター・パーマー(アーノルド)はスーパースター。2人が金無垢のロレックスをしているのを見て、自分もいつかそれが買えるくらい稼ぎたいと思ったものです」
77年のマスターズと全英オープンでニクラスを下して優勝し、帝王の後継者という意味の“新帝王”と呼ばれたが、当時も本人は完全にニクラスを凌駕したとは思っていなかった。
しかし82年の全米オープンで彼は初めて「ジャックに勝った」ことを実感した。
トップタイで迎えた最終日3打差にニクラスがいた。1番ボギーのニクラスと2番で幸先の良いバーディを奪ったワトソンとの差は5打に広がった。しかしニクラスは3番から5連続バーディを奪う猛チャージ。
先にニクラスが通算4アンダーでホールアウトし、ワトソンは難しい2ホールを残し4アンダーで並んだ。勝つためにはどちらかでバーディを決めなければならない。
ところが17番200ヤードのパー3で2番アイアンのティーショットをグリーン奥のウェイストエリアに打ち込んでしまう。
ホールアウト後この場面を中継で見ていたニクラスは「自分に勝つチャンスが巡ってきた」と思った。
キャディのブルース・エドワーズ(故人)も最悪のライだったため「カップに寄せるのはほぼ不可能」と判断。ワトソンに「なるべく寄せよう」と声をかけた。
するとワトソンは「寄せろ、だって? 絶対沈めてやる!」というとゴルフ史に残る1打を放ったのだ。
打球はピンに当たりカップに吸い込まれチップインバーディ。
その瞬間ワトソンはクラブを強く握ったままエドワーズを指差し「そら見たことか!」といわんばりに駆け出した。
「この1打が私のゴルフをワンレベル上に押し上げてくれました」
ペブルビーチはワトソンにとって聖地だ。
現役最後、ここで最後にプレーしたとき最終ホールでカップから拾ったボールにキスをして海に投げた。
「これだけ海に囲まれながら一度も入らなかった。コースにお礼と感謝を込めて投げました」
今年のマスターズでニクラス、ゲーリー・プレーヤーとともにオーナリースターターを務めたワトソンと昼食のテーブルを囲んだときのこと。
彼は目の前のシュリンプカクテルを指差し、「あなた(ニクラス)のショットはこのエビみたいに曲がりましたよね」と帝王をからかった。
「まったく、だからキミが嫌いなんだよ」とけなされながらニクラスはやけにうれしそうだった。ちなみに82年の全米オープンの準優勝はニクラスにとってメジャー18回目の2位だった。