ツアー解説でおなじみの佐藤信人プロ。今回はパインハーストNo.2で開催された今年の全米オープンの覇者、ブライソン・デシャンボーについて語ってもらった。
画像: 18番のバンカーショット再現後、優勝トロフィと2ショット。「すべてがユニーク。3Dプリンターで作った同じ長さのアイアンは、フェース面が平面ではなく、ドライバーのように湾曲してバルジがあり、ボールの重心が中心にあるか調べるため塩水につけることも、LIVに移った今も継続中だそうです」(佐藤)

18番のバンカーショット再現後、優勝トロフィと2ショット。「すべてがユニーク。3Dプリンターで作った同じ長さのアイアンは、フェース面が平面ではなく、ドライバーのように湾曲してバルジがあり、ボールの重心が中心にあるか調べるため塩水につけることも、LIVに移った今も継続中だそうです」(佐藤)

2020年に続き、全米オープンで2度目の優勝を飾ったブライソン・デシャンボー。全米オープンならではの難しいセッティング、最後の最後まで手に汗握る優勝争いもさることながら、デシャンボーの人としての成長も感じることのできた大会でした。

PGAツアー時代の彼は、怒りから大会関係者やメディア、ときにファンともぶつかる問題児的な存在。16年、ブリヂストンオープンで初めて日本ツアーに参戦した際は、キレて初日の11ホール目で棄権し、コースを後にしたことも。

そのデシャンボーが今回の全米オープンでは、試合中にファンとグータッチしたりサインする姿も見られ、ホールを重ねるごとに熱狂するファンのU.S.A.コールが、何度もくるピンチを救ってくれたかのようでした。

表彰式後には残ったファンに、「優勝トロフィに触っていいよ」と声を掛け、18番グリーンに招き入れるサービス。ゴルフ専門チャンネルのリクエストに応え、18番のバンカーショットの再現シーンに出演するなどは、かつてのデシャンボーにはまったく考えられない対応でした。

けして優等生でなかったことは本人も認めていて、「そうした経験からいろんなことを学び、いい人間になっていくことが大事だ」ということを、本大会でのインタビューでも答えていました。

デシャンボーのそうした変化、成長は、LIVゴルフへの移籍もきっかけとなったようです。当時はケガでゴルフの調子も悪く、またスポンサーも離れていくという苦しい時期。しかしLIVに移籍したことで、お金もさることながら十分な時間が生まれ、その結果、いろいろな人と出会う機会が増え、また多くの人に支えられていることに気が付いたと言います。2年前には父親を亡くし、それも大きな転機になったようです。 

PGA時代から始めたYouTubeチャンネルの登録者は、今年のマスターズ前は50万人だったのが、メジャー3試合での活躍もあり全米オープン終了時点では70万人に。LIVの問題や好き嫌いは別にして、デシャンボーの存在は面白いし、そのゴルフが見たい、というのがファンの思いでしょうか。ボクも例外ではありません。デシャンボーの成長は“ファンを獲得した”ことにあると思います。

ペイン・スチュワートを敬愛し、同じ南メソジスト大に進んだ後輩が、25年後に同じパインハーストの全米オープンで勝つというドラマ。ピンの位置をペインが勝った99年と同じにしたり、18番フラッグにシルエットを施したりして、ペインのメモリアルという雰囲気の大会。優勝を決めたときの素直なデシャンボーの雄叫びが、ペインの姿とも重なりました。

デシャンボーの優勝が決まった瞬間、何も言わずコースを去るローリー・マキロイの姿に、メジャーで勝つことの難しさが表れていました。解説していても本当に肩が凝る試合でしたから、選手たちの疲れは、想像を絶するものだと思います。

PHOTO/Blue Sky Photos

※週刊ゴルフダイジェスト2024年7月9日号「さとうの目」より

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