新帝王といわれ、一時代を築いたトム・ワトソンに関するこのレポートは2010年に執筆した。この年の前年(2009年)に、59歳のトム・ワトソンは6度目の全英オープン優勝を目指し、プレーオフを戦った。結果的には敗れはしたものの、世界中から賞賛の声が止まなかった年である。その当時の、つまり60歳のワトソンの全体像に迫った。いま読んで懐かしいと思われる人が一人でもいてくれれば幸いである。※『書斎のゴルフ』に掲載された全10回の記事を筆者(特別編集委員・古川正則)本人が加筆修正した。
画像: マスターズ2019オーガスタナショナルゴルフクラブにて(撮影/姉崎正)

マスターズ2019オーガスタナショナルゴルフクラブにて(撮影/姉崎正)

「今でもすまないことをしたと思っている」

――アプローチなどのスキルにしても器用な感じはなく、むしろ無骨にひとつのことを真摯に追い求める感じがする。真摯で紳士。語呂合わせではないが、次のエピソードはそんなワトソンを如実に浮かびあがらせる。

ゴルフを通じて父子の情愛を描き、全米でベストセラーになった「ファイナルラウンド」の著者、ジェームス・ダッドソンがワトソンにインタビューしたときのことだ。

ゴルフライターである著者が「ゴルフ人生の中で最悪だった瞬間はいつでしたか?」と聞いた。著者は敗れた試合のことを念頭において聞いたのだが、ワトソンの答えはその意図とは全く違ったものだった。

「ワールド・シリーズで、サインをねだる男の子を無視してロッカールームをさっさと出て行ったときだ」

その後、その子の父親が追いかけてきて「ワトソンさん、あんたは最低の人間だと思う。うちの息子はあんたの大ファンだったんだ」といわれたという。

このエピソードをしてワトソンの人柄がしのばれよう。「ゴルフこそ最も名誉を重んじるゲーム」と信じるワトソンが、その信念とは逆のことをしてしまった悔悟の念の言葉だった。

ワトソンは正しいことを直言するだけに、慕われもするが、煙たがられもする。岩田禎夫氏が次のように証言する。

「タイガー・ウッズが上手くいかないとき、クラブを叩きつける行為に、あんな態度はとるべきでないとはっきり非難したのはワトソンだけでした。マスターズでハウスキャディ制度をやめるように、提訴したのもワトソン。81年のマスターズは天候不順で、キャディたちは待つ間にギャンブルしたり、酒を飲んだりして町に出ては乱痴気騒ぎを起こしたりしたんです。それを見てマスターズの品位をこわすと、ときの運営委員長に手紙を書いたのです。その結果、次の年からハウスキャディ廃止となりました。ワトソンのいうことなら正しい、とツアーのみんながそう思っています」

聡明であり、ツアー界の良心といわれる理由はそこにある。

学歴が高いからインテリというわけではないが、そもそも大学を卒業までこぎつけてしいるのはツアーでも一握りである。タイガーもそうであったように、たいがいの選手は中退してしまう。いや中退せざるを得ないといったほうが正しい。米国の大学を卒業するのは難しいのだ。

それをワトソンは名門スタンフォードを卒業しているのだから、一目置かれているのも理解できる。

聡明で記憶力がいいというのも、ゴルフには欠かせない資質であろう。記憶していないから同じ間違いを犯すのだろうから。ゴルフが記憶のゲームといわれる所以がそこにある。 

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