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菅生貴之(すごう たかゆき)大阪体育大学体育学部教授。日本スポーツ心理学会認定スポーツメンタルトレーニング上級指導士・公認心理士。1973年東京都出身。10歳でゴルフを始め日大へ。その後大学院にてスポーツ心理学を学ぶ。現在もJGAナショナルチームのメンタルコーチとして若手選手の育成に携わる。
インターバルでどうリラックスして、一打にフォーカスするかが大事
ルーティン作りにも、話し合いと意味付けが大事だという。
「サッカーなどは皆で円陣を組んで行う『チームルーティン』を作れますが、ゴルフは自分のタイミングでやらないといけない。だからこそ余計、他の人のルーティンをマネしても意味はない。ルーティンの動作そのものに意味はなく、そこに意味付けをしていかなければならない。ラグビーの五郎丸歩選手のルーティンがそうです。自分のルーティンに魂を注入していく。イチロー選手のルーティンを考えても、年間800打席くらい立つ中で、体の調子やピッチャーは毎日変わるのでバッティングフォームも毎日変わる。だからメンタルだけは同じにしたくて同じ動きで打席に入るのです。生活のルーティンを決めているのも同じ。ただ逆に、そういったことに縛られるのが嫌な人もいる。ですからルーティンは、より個人的なものであり、自分のものを見つけることが必要なのです」
世界を目指すためのメンタル作りは必要なのだろうか。
「よく、世界に目覚めさせてほしいと言われるんですけど、それはコーチの仕事ではないかと思っています。ジョーンズ氏は常にそういう話をしていましたから。ただ、メンタルコーチは、『それを聞いてどうだった?』から始めます。最初は何となく同調せざるを得なかったり、そこにピンとこないと言われることもある。だからこそ私は共感しながら理解して、その意味を選手とともに考えていく。でも『このくらいでいいよ』としてしまうと、昔、議員時代の蓮舫さんが言った『2番じゃダメですか』という発言と同じになる。そういう意味でもしっかり目標設定してもらいます」

「セッションでは、18ホール中5ホールで散漫だったけど、それが3になり……と少しずつ減らしてくイメージです」
メンタルトレーニングは何歳くらいから始める必要があるのか?
「学生時代から取り組んでほしい。ただ、小学生の年代には遊び感覚で心と体が連動していることを体験してもらえば十分です。ワーッと体を動かすと気分は高まる、少し座って静かに目をつぶっていたら気持ちが落ち着く、という感じです。それよりむしろ、スコアが悪かった子どもに厳しく当たるなど、行動が加熱してしまいがちな親御さんのほうに講習が必要かもしれないですね」
「自己決定性」という視点から目標へのモチベーションを高めることが必要だと菅生氏。
「最後のキーって、結局自分で決めたかどうかなんですよ。どんなに目標設定を正しくしても、自己決定性が低いと内発的に動機付けられない、内なるやる気につながらないんです。親に決められると結局、『怒られないために』という間接的な動機付けになる。それは本当の動機付けではありません。こういったことを親御さん対象に強制的に聞いてもらうような機会も必要だと思っています」
中学生くらいになると、適性を見ながらメンタルトレーニングをしていくという。
「メンタルトレーニングにはある程度の言語化が大事。言語を介して思考できるようになってからでいいと思う。実際、高校時代は面談が『大丈夫です、いい感じです』と数分で終わっていた選手がいました。でもやる気がないわけではなく、心に課題を感じていなかった。そのうち大学に入り主力選手として期待されたり、プロへの道が見えてくる。成人になる過程でやっぱりいろいろと話をしてくるようになります。メンタルトレーニングは皆に必要です。長いフェーズの中で一度も必要がないという人はいないと思います。どこかで自分に向き合わないといけないときは来ますから」
具体的なスキル指導とは
さて、具体的なスキル指導について聞いてみよう。1つは「自律訓練法」を取り入れている。
「たとえば左のような自律訓練法のトレーニングをしていくことで、ストレスを感じている自分の状況に敏感になれたり、耐性が強くなったり、何か1点にフォーカスしすぎなくなったり、いろいろなメンタルコントロールの効果が出ます。もともとは心理療法として開発され、心身症の治療などにも使われていて、自律神経が整い、健康法としても役立ちますよ」
また、メンタルでよく言われる「ポジティブシンキング」には落とし穴があるという。
「今、うちの大学院生が『防衛的悲観主義』と『方略的楽観主義』に関して研究している。これらは自分の戦略としてやっているものなのでパフォーマンスを高めると言われています。ただの楽観とただの悲観はダメ。要は、悲観的であるがゆえに、その不安を克服しようとして努力する方略を自分のコントロールに使っている人がいることがわかってきたんです。
ある柔道の金メダリストが、『自分が攻められたら負けてしまう弱い部分ばかり探して練習している』と発言していました。それを1つずつ潰していくという戦略です。スポーツ選手は『世界一になる!』と言わなければいけないと思われています。もちろんそういう気概は必要ですけど、それが自分の中に詰まってくるとしんどくもなる。ポジティブって怖いですよ。強要するのはもっと怖い。昭和の部活がそうでした」
「セルフコントロール」を身に付けよう!
自律訓練法。右腕、左腕、右足、左足の順で「重い、重い……」と唱えながら温かく感じるまでその部位を意識していく。5 ~10分を1日3回くらい行う。
「中島選手も取り組んでいました。重いのは筋がゆるんだ状態。寝る前にやるのもいいですが、長くやりすぎるのはかえって心に負担がかかります」

場所を問わずに行える
また、ゴルフは4、5時間のスポーツで動きが少ないからこそメンタルへの影響は大きいと菅生氏。
「試合で5時間集中するって無理。ゴルフはインターバルが多く1つのプレーは2秒で終わる。だからそのインターバルでどうリラックスして、打つことにフォーカスを絞っていくか。これをカウンセリング的に話し合います」
現在、メンタルトレーニングが普及するにつれ、メンタルコーチの科学的な背景を持たない民間の資格が横行することに危惧を感じると菅生氏。
「先ほどの“ポジティブ至上主義”のように、本質的なことがわかっていないと危険なことに陥るかもしれない。自分のやっていることをまず疑ってかかるのが科学です。わらにもすがる思いで来た人に、依存性を高めるだけ高めて、指導した側の効力感を得ることだけで終わっていないか。やはり、僕たちのような『スーパーバイザー』と指導を振り返ることや、選手に実際に役に立っているかどうかを検証することも必要です」
アマチュアゴルファーも、メンタルトレーニングを実践することで、必ずゴルフが変わると菅生氏。
「練習はよかったのに本番は上手くいかないというのはメンタルの問題。まずは自分と向き合わなければ何も始まりません。ぜひ、ゴルフにも人生にもメンタルトレーニングを取り入れてほしいです」
皆さんも、メンタルトレーニングで自分を変えましょう!
数年前から会社組織を作り(株式会社ミツフクコーポレーション)、メンタルトレーニングの普及、後進の指導に当たるという菅生氏。
「ナショナルチームから継続して指導する選手を増やして、私の目標の在り方を示していきたいですね。技術と連動している部分もあるので、私の経験も生かせると思います。今、教え子たちも勉強していて、提供できる場を作ることで質の高い支援ができると考えています」
ILLUST / Shuhei Eguchi
PHOTO / Hiroyuki Okazawa、Getty Images
※週刊ゴルフダイジェスト4月8日号「ナショナルチームの教えに学ぶメンタルトレーニング」より一部抜粋