
「彼が声を荒げたり、クラブを投げたりするような行動は見たことがない。トラベラーズ選手権はブラッドリーの地元でしたが、同じくらい声援を受けていたフリートウッド。その人間的な優しさが優勝できない弱さと言われればそれまでですが……」(佐藤プロ)
6月のトラベラーズ選手権で、PGAツアー初優勝を目の前にしながら、最後の最後、72ホール目でキーガン・ブラッドリーに逆転負けを喫したトミー・フリートウッド。解説を担当していたフリートウッドのファンでもあるボクは、優勝の瞬間、何を話そうか、何から話すべきかと思いを巡らせていました。
7月第1週のジョンディアクラシックでは、ブライアン・キャンベルが2月のメキシコオープンに続いて今季2勝目。しかし彼の戦績を見てみると、PGAツアーでは41試合に出場して予選通過はわずかに17試合。トップ10は2試合で、その2試合が今シーズンの2勝です。
そんな選手がいる一方で、フリートウッドは159試合に出場してトップ10は実に42試合。トラベラーズ選手権は、優勝に手をかけながらも6回目の2位となりました。フリートウッドが未勝利なことは、PGAツアーの七不思議に数えられてもおかしくはないと思います。それにしても、試合を振り返るにつけ、ゴルフとは本当に些細なことの組み合わせで、誰もが予想できない結果になるのだとつくづく思います。
これを神のいたずらと言うのでしょうか。最終日最終組はトップのフリートウッドに、それを3打差で追うブラッドリーとラッセル・ヘンリーの顔合わせ。スタート4ホールで1バーディ、3ボギーと、立ち上がりはバタバタしたフリートウッドでしたが、ブラッドリーに1打、ヘンリーに2打差をつけ最終18番を迎えます。17番で1m半のパットを自分のよいリズムで決めたフリートウッド。18番のティーショットは先に打ったブラッドリーがフェアウェイど真ん中に。
かつてドライバーイップスに悩まされたフリートウッドですが、そんな不安をかき消すように同じくフェアウェイど真ん中をキープします。流れは完全にフリートウッドで、いよいよ初優勝かとの期待が高まります。
さて、セカンドオナーは、左のラフに曲げたヘンリーから。これをグリーン左に外します。距離はほぼ同じでしたが、ラフからのショットで参考にならなかったのか、いわゆるbetween(ビトゥイーン)だったのか、フリートウッドのクラブがなかなか決まりません。
それでも考え抜いて決めたクラブに、フリートウッドに迷いはない表情でした。ところが次の瞬間、キャディのイアン・フィニスがアドレスに入ったフリートウッドを止めます。風の読みだったのでしょうか、話し合いの末、クラブを替えます。結果はグリーン手前にショート。あくまで結果論であり、フィニスのジャッジが間違っていた、というのではありません。ただ、それを見てブラッドリーの放ったショットはピンに絡みます。それでもフリートウッドの3打目は、パターで打てる花道にありました。バーディも狙えるし、キーガンが外せば寄せワンで優勝。最悪でもプレーオフで、まだ1打有利の状況は変わりません。
ところが、ヘンリーがここでチップインバーディ。ヘンリーにも優勝のチャンスが訪れたこともあり会場がざわつきます。そしてフリートウッドの第3打……。
「今のは早くなかったですか?」
解説席からボクが漏らした言葉でした。いつも通りの間とリズムを見失ったのか。観客がざわついているなかで、パターで転がしたショットは2mショート。パーパットはブラッドリーよりも先に打つ展開で、これを外して万事休す。バーディパットを難なく決めたブラッドリーの逆転優勝となりました。しかし、フリートウッドの試合後の対応は、ファンの落胆を未来への明るい希望に変えてくれたようにも思います。今回のような負け方をした場合、試合後の会見をやるかどうかは選手に決定権がある。しかしフリートウッドは、試合後の会見でこう答えました。
「今はイライラしているし、自分自身に腹が立っている。ただ落ち着いたら、この1週間やれたことを見つめ直して、そこから学べることを考えていきたい。最も愚かなことは、こんな素晴らしい1週間を今後の自分の行動の妨げにしてしまうことだ」
敗れたとき、人間の本質が現れる。選手時代のボクは自分の人格すら全攻撃して全否定していました。欧米人と、ボクたちから見ればひとくくりの同じ人種ですが、欧州の選手がアメリカに来ると、馴染めなかったり、とかく敵対心をあらわにしたりするケースも少なくない。しかしフリートウッドの場合、アメリカでも人気が高いのは、単にルックスだけでなくこうした人間性によるものでしょう。
PGAツアーで初優勝を果たしたとき、彼がどんな表情をするのか、ギャラリーがどんな迎え方をするのか。今後の楽しみのひとつになりました。
◆参考ポイント=方向性を高め、強いインパクトを作るライン出しショット

「少し調子を崩したときは、このショットで調整をしているようです」(佐藤プロ)
彼の武器はフィニッシュを低く抑えたパンチショットのライン出し。それで高さを抑えるショットをしているように見えますが、これはかつてショットイップスに悩まされた彼なりの工夫。打ち出される球は意外と高くて綺麗なドローを描くことも多いです。アマチュアは飛ばそうと力み過ぎ、振り過ぎの傾向が強いもの。トップもフィニッシュも低く抑えたライン出しは、方向性がよくなるばかりか、強いインパクトを身につけることもできます。
PHOTO/Yoshihiro Iwamoto
※週刊ゴルフダイジェスト2025年7月29日号「さとうの目」より