「面白すぎてやめられない」――現代も15世紀も変わらないゴルフの魔力

スコットランドのゴルフ場(※画像はイメージ)
ゴルフを始めると分かることだが、上手く打てなくても、スコアが悪くても何となく面白くてやめられないという側面がある。「もうやめてやる」と思ったことが何度もあるゴルファーは、きっと多いことだろう。
実は自分もそうだった。ゴルフを始めたのは1971年。当時はゴルフをする同年代といえば、大学のゴルフ部員くらいしかいない時代だった。周囲に誘い合って練習やプレーに行ってくれる仲間がいたわけでもない。それでも時たま、まぐれで出るスーパーショット(自称だが)の快感が強烈に記憶に残り、今日まで続けてきた。結論から言えば、ゴルフは「面白い」、いや「面白すぎる」の一言に尽きる。
ゴルフに夢中になる心理は痛いほど理解できる。上手ければそれなりに、下手でもそれなりに楽しめるのがゴルフというスポーツの素晴らしいところで、最後まで自己責任なのも潔くていい。
さて、この「面白すぎるゴルフ」が、過去に法律で禁止された歴史をご存知だろうか。
時は1457年、スコットランドでの出来事である。時の国王ジェームズ2世によって発令されたもので、これは歴史上「ゴルフ」という言葉が文書に記された最古の記録としても極めて貴重な出来事だ。
現在でこそ英国はUK(英国一家・王国連合)だが、当時はスコットランドとイングランドが激しく対立していた時代。兵士たちがゴルフの魅力に取り憑かれ、本業である軍事訓練をおろそかにしている現状を重く見た国王が、国家の危機感から発令したものだった。その布告文にはこう記されていた。

昔のクラブ
『年4回武術大会を開催する。フットボールおよびゴルフは一切禁止とする。プレーした者は法に従って処罰する。12歳から50歳までのすべての男子は、弓術の訓練に励むべし』
弓の練習よりも、リンクス(沿岸の砂丘コース)に行って仲間とボールを打って過ごすほうがはるかに楽しい。雨が降ろうが寒かろうが、過酷な軍事訓練よりずっといいに決まっている。
だが、1460年にイングランドとの戦い(ロクスバラ城包囲戦)でジェームズ2世が不幸にも事故で戦死すると、わずか9歳で息子のジェームズ3世が即位。しかし禁止令が出ても、戦場に赴いても、スコットランド人たちは面白すぎるゴルフをやめることができなかったのだろう。1471年には、ジェームズ3世の手によって2度目の「ゴルフ禁止令」が発令された。
さらに1488年にジェームズ4世が即位すると、1491年には3度目の「ゴルフ禁止令」が出された。この時の布告は『領土内にてフットボール、ゴルフ、その他役に立たないスポーツを禁止する』というさらに厳格なもので、違反者には40シリングの重い罰金が科された。
法律で何度も禁止令を出さなければならないほど、国民や兵士たちが日常的にゴルフに興じていたことの証明でもある。
しかし、この3度目の禁止令を出した当のジェームズ4世自身が、実は裏でゴルフをしていたと思われる記録が残されている。王室の財政記録に、国王がゴルフ道具(クラブやボール)を購入した代金の支払い記録がはっきりと残されているのだ。さらに、ボスウェル卿との賭けゴルフに負けて42シリングを支払ったという人間味あふれる記録まである。
ちなみにこのボスウェル卿の家系は、1567年にマッセルバラでスコットランド女王メアリーとゴルフに興じたとされる歴史的な一族でもある。マッセルバラがコースとして正式に整備されたのは1672年で、現在は9ホール(2954ヤード、パー34)という規模で残っており、コースの外周はマッセルバラ競馬場になっていることでも有名だ。
国王から禁止令が出されようが、国を揺るがす戦があろうが、「ゴルフが面白すぎるからやめられない」。15世紀のスコットランド人たちが見せたこの情熱は、同じゴルファーとして100パーセント理解できるのではないだろうか。
文・写真/吉川丈雄(特別編集委員)
1970年代からアジア、欧州、北米などのコースを取材。チョイス誌編集長も務めたコースやゴルフの歴史のスペシャリスト。現在、日本ゴルフコース設計者協会名誉協力会員としても活動中。




