「週刊ゴルフダイジェスト」や「みんなのゴルフダイジェスト」で障害者ゴルフの取材記事を執筆してきたベテラン編集者が、日本だけでなく世界にアンテナを巡らせ、障害者ゴルフのさまざまな情報を紹介する連載。今回はリハビリ医が手掛ける障害者ゴルフ大会について。

安保雅博教授と松田治子代表が描く「笑顔で競うノーマライゼーション」

8月28日、青森の十和田湖高原GCで「第2回ABO杯ドクターズフレンドシップトーナメント」が開催されました。

画像: 天気に恵まれて開催。健常者の澤田光広さんが75でベスグロを獲得しました!

天気に恵まれて開催。健常者の澤田光広さんが75でベスグロを獲得しました!

本大会は、リハビリテーション医学の第一人者である東京慈恵会医科大学リハビリテーション医学講座主任教授、安保雅博先生が大会会長を務め、障害のある方と健常者が同一フィールドでプレーし、スポーツを通じて互いを理解し、友情をはぐくむことを目的とした交流型ゴルフトーナメントで、昨年の北海道に続き2回目の開催となります。

主催する日本障害者ゴルフ協会(DGA)の松田治子代表は、大会後こう語りました。

「障害者30名、健常者38名が参加。グランプリの部、オープンの部、フレンドシップの部があり、グランプリの部のみグロスプレー、他はネットプレーで行われました。前日は大雨が降りコースの状態が心配されましたが、当日は快晴、気温20度のさわやかなゴルフ日和。都会の暑さを忘れ、ゴルフに興じた素晴らしい一日でした。障害者と健常者がともにプレーし、理解を深めました。競技色が強くなったDGA主催の試合のなかでも、皆が笑顔でゴルフを楽しんだ貴重な時間となりました」

さて、この会で10年ぶりの“再会”がありました。

パラリンピアン・田中哲也と元王者・古田謙「10年ぶりの約束」

昨年、日本障害者オープンで試合に復帰した古田謙さんと、その盟友、田中哲也さんです。

青森県出身の田中さんは、大学在学中のバイク事故で右足を切断しましたが、その後スキーと出合い、パラリンピック・アルペンスキーの日本代表選手として98年の長野、02年のソルトレイク大会に出場した元パラリンピアンです。引退後は自転車で世界各地および日本を縦断したり、東日本大震災の被災地へのエールを込めて日本縦断に挑戦したり、その後もさまざまなチャリティ活動、講演活動も行っており、現在は今別町の町議会議員も務めています。

画像: 古田さんと田中さん。さまざまなことに本気で取り組む姿勢が、今も人々を動かします

古田さんと田中さん。さまざまなことに本気で取り組む姿勢が、今も人々を動かします

一方の、大分県出身の古田さん(左大腿切断)は、義足のプレーヤーとして長く障害者ゴルフ界を引っ張ってきたトップ選手で、日本障害者オープンでは過去4度優勝しており、世界大会にも出場した経験を持ちます。しかし、5年前に小脳梗塞を患い左半身に麻痺が残り、思うようにゴルフができなくなりました。

2人は、日本障害者ゴルフ協会が生まれた頃から試合に出ていたと言います。

「哲也はその2年くらい前の長野パラリンピックでは日本チームのキャプテンで旗手も務めたのに、突然ゴルフのほうにも参加してきて。非常に目立つ選手でした。でも僕らには相通じるもの、“アスリートだ!“という認識があって、すごく仲良くなりましたね。彼は三浦雄一郎先生のミウラ・ドルフィンズの一員なんですよ。
 
今大会では青森空港に哲也が迎えにきてくれて、ずっとアテンドしてくれました。僕はコロナ禍の20年に病気をして、人生などをいろいろと考えるようになり、そのなかで会っておきたいと思っていた1人が哲也でした。昨年の日本障害者オープンで(松田)治子さんから、このABOカップが青森であることを聞いて、思い立ってエントリーしたんです」(古田)

大会参加という目的があれば、遠く離れている会いたい人に会うきっかけになる。地方開催の大会はこういった意義もあるのかもしれません。

田中さんは本大会、事務局側として手伝っていたので、一緒にラウンドすることは叶いませんでした。

「町議会議員と畜産の仕事もメインでやっているので忙しくて、なかなかゴルフができていないと言っていました。でも、この大会も皆さんがすごく立派に運営していらして。安保先生にはごあいさつくらいしかできませんでしたけど、哲也が『大親友です』と紹介してくれました」と嬉しそうな古田さん。

「リハビリとしてのゴルフ」の価値

「私みたいに2つの障害が重なっていても、体を動かそうという気持ちになるのはゴルフ以外には考えられない。傾斜地を上ったり下ったりすることがどんなにリハビリにいい影響を与えているのかと思いますよね。DGAがいろいろな大会を長く続けていることもすごいと思いますし、こういう地方でもいろいろなイベントがあるのはいいですよね」

画像: 吉田隼人のアスリート魂にも火が付き、「ティーチングプロ選手権の予選も通りました!」と報告をもらいました

吉田隼人のアスリート魂にも火が付き、「ティーチングプロ選手権の予選も通りました!」と報告をもらいました

さて、ゴルフは「今の自分の実力通りでした」と言う古田さん。「それでも非常に楽しくラウンドさせていただきました。コースはフェアウェイが洋芝で、しかもウェットな状態なのでボールが転がらずに止まってしまい飛距離的には難しかったけれど、グリーンの状態はストレスもなく、とても満足できるものでした」とさすがのトップゴルファー目線です。

結果、オープンの部で3位。

「もちろんグランプリの部ではないですけど表彰されちゃって(笑)。皆から笑われました。でも久しぶりにメダルをもらいましたね」と少し照れながら話します。

王者・吉田隼人を引き締めた、古田謙・田中哲也の熱きイズム

さて、グランプリの部の優勝は昨年に続き“義足のプロ”吉田隼人(右大腿切断)です。

「十和田湖高原GCは素晴らしいゴルフ場でした。私のゴルフは、前半は2アンダーの34でしたが、後半は44と大荒れしてしまいました。やはり後半で回った十和田湖コースは初見では難しかったです。しっかりと練習ラウンドしないとよいスコアが出せないと勉強になりました。幸いにも優勝できて2連覇となりましたが、来年はしっかりとスコアにもこだわりながら結果を出し、3連覇を目指していきたいです」(吉田)

実はこの吉田隼人に、苦言を呈したという古田さんと田中さん。

「34と44では世界では通用しないとガッツリ言いました。僕たち2人は昔から、世界を目指すアスリートとしての意見交換をしてきて、03年には一緒にミネソタのNAGA(全米切断者ゴルフ協会)の大会にも参加したんですよ」

世界で戦い、世界一を目指してきたからこそ、今の選手たちに思うところがあるのだと言います。(詳細はまたこの場で紹介したいと思います)

「やっぱり引退はしていても、プレーヤーとしての価値観は哲也とは一緒なので……。もちろん、この“アスリート魂”は、仕事にも生きています。僕も地方(地元)に貢献できるようにもしたいですしね。義足の調整が上手くいくまではしばらく試合に出る予定はないです。でもゴルフ、一生懸命にやっていますよ」

古田さんや田中さんのように、自分の経験を糧として、またそれを伝えるべく、全国各地でゴルフはもちろん、さまざまな行動を続けられることこそ、“アスリート魂”のなせる業なのでしょう。

「古田さん、田中さんには前半のスコアは褒められましたが、後半はボロクソに叱られました。『トッププレーヤーとしての実力をしっかりと出して誰もが認めるプレーヤーになってほしい、いや、なってもらわないと困る!』と激励をいただきました、大先輩たちに尻を叩かれたからには、しっかりと応えないといけないなと心身ともに引き締まりました。
 
今後の課題は出球のコントロールとスウィングバランスを崩さないことの2つです。今年に入りトレーニングの仕方を変え瞬発系をメインに行ってきて、徐々に飛距離が伸びてきたので、それをコントロールすることが課題。出球のコントロールとスウィングバランスを崩さないことが課題の解決になると思い取り組んでいます。直近の目標は、日本障害者オープンでの優勝です。これまで4回の日本オープン優勝をしましたが、歴代でも5回の優勝はまだ誰もいないので、今年こそはその栄冠を取りにいきたいと思います」

画像: 43・46でオープンの部優勝の磯井魁さん(真ん中)。お父さんは「初めて息子に負けた」と嬉しそうでした

43・46でオープンの部優勝の磯井魁さん(真ん中)。お父さんは「初めて息子に負けた」と嬉しそうでした

4回優勝した“先輩超え”が目下の目標。これを達成することが先輩の叱咤激励への答えとなるのです。これもまた“アスリート魂”なのでしょう。

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