グランドスラム達成から引退、そして理想郷の建設へ
サイプレスポイントが繋いだ名設計家との縁

オーガスタナショナルGC
アマチュアで最も優れた選手とされ、「球聖」と呼ばれたボビー・ジョーンズは、1930年にセントアンドリュースで行われた全英アマチュアに優勝すると、全英オープン、全米オープン、そして全米アマチュアを制覇して年間グランドスラムを達成した。スポーツ競技において「グランドスラム」という表現が使われたのは、これが初めてのことだった。
1929年、ペブルビーチで開催された全米アマに臨んでいたジョーンズだったが、マッチプレー1回戦で敗れて時間が空いてしまう。そこで友人で当時の女子アマチュア選手としても名高かったマリオン・ホリンズが開発したサイプレスポイント・クラブをプレーした。サイプレスポイントの景観、レイアウト、戦略性に感嘆し、引退後に「理想とするコースを造ろう」という構想を抱いていたジョーンズは、ホリンズの紹介によって設計者アリスター・マッケンジーと出会うことになる。
ジョーンズはグランドスラム達成の7週間後、28歳の若さで競技生活から引退した。1931年に理想とするコースの建設が始まり、1933年1月に完成。翌1934年3月22〜25日に「オーガスタ・ナショナル・インビテーション」が開催された。第1回大会は、毎年継続して開催するという意味を込めて「ファースト・アニュアル・インビテーション・トーナメント」と名付けられた。
参加者はジョーンズが親しくしていたプロとアマチュアで、プロ60人、アマチュア12名の計72名がオーガスタナショナルGCに集まった。
この参加人数を見て思ったのは、招待選手総勢72人、つまりパー72を意識したものではないだろうかということ(根拠はないが)。なぜそう思ったかといえば、名誉ある招待を受けて参加を辞退した選手が1人いたからだ。
辞退の手紙を送ったとされているジーン・サラゼン
この大会に関して、名誉ある招待を受けながらも辞退した選手が1人いた。ジーン・サラゼンである。彼はジョーンズからの招待状を受け取っていたが、同じ時期に別の仕事の約束があったため、辞退の手紙をジョーンズに送っている。サラゼンは翌年の第2回大会に出場し、見事優勝を果たした。
第1回大会の賞金総額は5000ドル。優勝1500ドル、2位800ドル、3位550ドルとなり、賞金は11位タイまで配られ、11位タイの選手には100ドルが支払われた。1934年当時の5000ドルは現在の貨幣価値に換算すると約1900万円に相当し、優勝したホートン・スミスは約570万円を手にしたことになる。当時のアメリカでも、1週間でこれだけの金額を稼ぐというのはかなりの高額だ。ちなみに同時代(昭和9年)の日本の大卒初任給が73円だったことからも、破格の高額賞金だったことがうかがえる。
賞金総額5000ドルは1934年から1940年まで続き、なぜか1941年は5001ドルとなっている。1942年に再び5000ドルに戻り、この年まで優勝賞金は1500ドルで推移した。
第二次世界大戦の影響を受け、1943年から1945年まで大会は中断された。1946年、戦後最初となったマスターズの賞金総額は1万ドル、優勝賞金は2500ドルに増額された。1946年の覇者はハーマン・カイザーで、スコアは69-68-71-74の通算282。2位には74-70-69-70の283だったベン・ホーガンが入り、1500ドルを獲得した。なお、この大会からは21位タイのホートン・スミスまで賞金が配られ、50ドルを手にしている。
賞金総額1万ドルは1948年まで続き、1949年には1万1000ドル(優勝2750ドル)となったが、1950年は1万2000ドルに増額されたものの優勝賞金はなぜか2400ドルへと減額された。1951年は1万7000ドル(優勝3000ドル)となり、この年から30位タイから予選落ちした最下位の選手にまで100ドルが支給されるようになる。1952年には賞金総額2万5,401ドルとなり、優勝賞金は4000ドルに達した。
私が初めてマスターズを取材したのは1977年のことだ。優勝したトム・ワトソンは4万ドルを獲得し、予選落ちした選手にも1500ドルが支給された。この年の円相場は1ドル=240円だったため、ワトソンの優勝賞金は960万円。72-78のスコアで予選落ちしたチャールズ・クーディから、初日に83をたたいて棄権したサム・スニードまでに至るまで、1500ドル(約36万円)が支払われている。この年の賞金総額は28万477ドルで、日本円に換算すると6731万4,480円に達していた。
文・写真/吉川丈雄(特別編集委員)
1970年代からアジア、欧州、北米などのコースを取材。チョイス誌編集長も務めたコースやゴルフの歴史のスペシャリスト。現在、日本ゴルフコース設計者協会名誉協力会員としても活動中。





