【目指せ!ゴルフの雑学王】“最後のミリオネア”大倉喜七郎と「幻の富士コース」
昭和35年(1960年)、私は一度だけ川奈ホテルゴルフ場の創業者である大倉喜七郎に会ったことがあります。
場所は、銀座松屋から少し京橋寄り、銀座中央通りから1ブロック入った2丁目の大倉商事ビルでの取材でした。その頃私は、「ヘッドライト」という自動車雑誌の編集部で働いていました。その日は、出版社社長が、日本一のオーナードライバーと評判の大倉氏の取材に出かけ、私はその鞄持ち役でした。
大倉財閥は、越後新発田の豪商、大倉千之助の三男・喜八郎が江戸に出て鉄砲商となり、戊辰戦争、日清、日露戦争と政府に銃火器を納入、さらに軍備輸送で巨利をモノにして男爵まで登り詰めた政商でした。その子孫・喜七郎は若い...