夜遊び土産から始まった「カツサンド」
江戸時代から歴史ある“商業の街”として栄え、今も老舗店舗が軒を連ねる東京都中央区日本橋。伝統と格式に真新しい名所も加わり、より洗練された街へと進化し続けている。
そんな日本橋に店を構えて50年。日本橋三越の路地奥に「宇田川」はある。創業当初から昼はとんかつを中心とした定食、夜は牛ステーキがメイン。昼夜でメニューがガラッと替わる一風変わった店だが、長年美食家たちに愛され続けている。今回の主役はそんな宇田川で持ち帰りの手土産でのみ販売されている“カツサンド”だ。
宇田川のカツサンドというメニュー、はじめは夜に来る常連だけが知る“手土産”だった。一軒目に宇田川でステーキを食した客がカツサンドを手土産に銀座詣に繰り出す。カツサンドというのは、作り立てよりも少し時間が経ってからのほうが、味が馴染んで旨味が増す。常連たちが“手土産”を持って銀座のラウンジに着く頃には、カツの温度でキャベツがしなり、ソースの旨味をパンが吸って、三味一体、ちょうどいい“頃合い”になるのだ。
「よくカツサンドを手土産に買っていく常連さんが、ある日奥さんを連れてきたんですが、奥さんはカツサンドの存在自体を知らなかったなんていう裏話もあるんですよ」と笑うのは二代目店主の宇田川伸一さん。
「元々は常連だけが知っていたんですが、20年近く前に地元の料理組合の若手の有志で、ひとつの弁当で10店舗の味が楽しめるという高島屋のイベントに出たんです。その評判がすごく良くて、個々のお店のモノもそれぞれ販売することになって。うちはカツサンドでした。広まったのはそこからですが、まあ、まずは食べてみてください」(宇田川、以下同)
手渡された箱は、ずっしりと重く、米でも詰まっているのかと勘違いしてしまいそうになる。ふたを開けると優にパンの厚みを超え、4センチ近い分厚いヒレカツ、もといカツサンドが4つも鎮座していた。ほぼカツのカツサンドは見たことがない。
とんかつといえば、揚げたてのサックリ感と肉のジューシーさだと思っている人は、揚げたてのロースカツを食べればいい。カツサンドの醍醐味は、三味一体の味わいが奏でる“ジュワッ”なのだ。しかし、だからといって油っこさはない。
「宇田川のカツサンドの肉は国産の豚ヒレ肉を使っています。ヒレ肉は柔らかいし、しつこくない。ロース肉はジューシーではありますが、パンに挟むと油が染み出てパンがギトギトになりやすいです。揚げる油もそう。ラードは揚げたてはいいんですが時間が経つと味は落ちます。だから、うちはサクッとサラダ油。カツサンドに最適な材料で作ったものを、最適な状態で持って帰ってもらえれば嬉しいです」
笑顔でそう語る二代目の人情あふれる人柄がこの店の常連の居心地を良くしているのだとわかる。カツサンドが旨いだけじゃない。日本橋にありながら、気さくに会話ができるのも、宇田川に客が通い詰める理由のひとつなのかもしれない。
写真/中居中也
(月刊ゴルフダイジェスト2017年10月号より抜粋)