前回の記事では渋野日向子選手の事例を挙げ、「ここ一番」という本番でパフォーマンスを発揮するために成果目標ではなく、行動目標にフォーカスする大切さについて紹介しました。大事な場面や試合で結果を出すためには“結果を手放し”、今できるプレーに意識的に集中していく。その重要性について理解されたかと思います。
しかし、前回の記事を見て「今できるプレーに集中することが大切だとは分かってもそれが難しい」と感じられた方もいるかもしれません。頭では「今ココ」に意識を向けようと思っても、心のどこかで未来の結果や他人の評価を気にする自分がいる気がする……と。
実際に、私がサポートするプロゴルファーでも、上記のように感じる方が多いです。その場合におすすめるメンタルトレーニングがあります。
それが「マインドフルネス」です。マインドフルネスとは「今という瞬間に意識のすべてを向ける」という意味合いで、最近ではGoogle社が社員のストレス低減プログラムとして採用したことや書店でもマインドフルネス関連の書籍を目にする機会も増えましたから、「聞いたことがある」という方も多いのではないでしょうか。
このマインドフルネスは1970年代にマサチューセッツ大学のジョン・カバット・ジン氏が提唱したもので、1990年代からは臨床試験も増え、効果も検証されています。ジョンズ・ホプキンス大学の実験によれば1日に30~40分の瞑想を8週間ほど続けることで薬物治療と同じレベルで不安や鬱を軽減されることが確認され、マインドフルネス瞑想を実践することで不安、鬱が確実に減るとの結論を出しています。
このような背景もあり、マインドフルネスを行うことでスポーツ選手が抱える未来の結果への不安や他人からの評価などからくる憂鬱な感情に対処できる可能性があり、アスリートのメンタルトレーニングとしても応用されてきています。
ちなみにマインドフルネス瞑想とは簡単に言うと「意識のすべてを呼吸に向け続ける」というエクササイズになります。どういうことかを理解するために今から少し、ご自身の呼吸に目を向けてみましょう。あなたは今、息を何秒吸って何秒吐いていますか? 10秒間ほど観察してみてください。
多くの方は2~3秒吸って、2~3秒吐いているという方が多いと思います。そして、あなたに質問です。「今、あなたが呼吸に意識を向けた10秒間に呼吸以外のことは考えましたか?」
おそらくあなたの答えは「他のことは考えていない。呼吸だけを意識した」だと思います。つまり、この10秒間はあなたが「今という瞬間に意識のすべてを向ける」というマインドフルネスの状態だったのです。
アスリートにはこのマインドフルネス(3~10分)を朝と夜、1日2回のメンタルトレーニングとして習慣的に取り組みように薦めています。実際に、紹介しているマインドフルネス瞑想法は次の6ステップになります。
【1】いすに深く腰掛けます。背もたれを使って背筋を真っすぐにし、肩を落とし肩の力を抜いてください。
【2】ゆっくり深呼吸を2~3回行い、体のどの部分にも余計な力が入っていないか自分で確かめてから、目を閉じてください。
【3】腹部が、息を吸い込むときには膨らみ、息を吐いたときには引っ込むのを感じ取れるように意識を集中します。
【4】次にまるで自分の呼吸に波乗りをしているように息を吸い込んでいる間も、息を吐き出している間も、呼吸のすべての瞬間に意識を集中してください。
※呼吸はすべて深くゆっくりと楽に行います。
【5】途中、心の中にさまざまな雑念が浮かんできます。昨日あった出来事、これから起こるであろう出来事など……それらはすべて意識が呼吸から離れてしまうことで起こります。そのたびに呼吸から注意をそらせたものは何かを確認してから、静かに呼吸に注意を戻し、息が出たり入ったりするのを感じ取るようにします。
【6】意識が呼吸から離れてほかのことを考え始めるたびに、常に呼吸に意識を引き戻すように努力してください。雑念がいろいろ浮かんで集中できなくても、そういう自分に対して「あきらめ」「怒り」の感情を持つことなく、「ただ観察する」位の軽い気持ちで実施してください。
(※【1】~【6】の手順でまずは3分間だけ実施してみてください。)
実際に複数人のプロゴルファーに継続的に実践してもらい、次のような感想をもらっています。「雑念が減り、気持ちが整った感覚になる」「他人や外部からの影響を受けにくくなり、イライラすることが減った」「自分を客観的に観察でき、気持ちの切り替えがうまくなった感覚がある」「あまり、未来や他人に意識が向かなくなった」など。
「今という瞬間に意識のすべてを向ける」というマインドフルネス。“今”に意識を向けることを日常的にトレーニングすることで目を向けるべき行動目標に対する集中力を養うだけでなく、不安や憂鬱さに対処するメンタルにもつながる効果的なエクササイズです。興味を持った方はまずは上記の手法でマインドフルネス瞑想からスタートされることをお薦めします。