それまで持ち球としていたドローを捨てて、初めてのシード権を手にした昨シーズン。最終日最終組を2度経験し、最高順位2位と宿願まであと一歩のところまできた岸部桃子。そして、師匠の横田英治プロと大きな目標を掲げた。「平均飛距離232.4ヤードのフェードを1ヤードでも伸ばすこと」。岸部のフェード「第2章」は、まだ始まったばかりだ。
弱点は飛距離。伸びしろはある
プロ入り後5年目(2016年)に下部ツアーで初勝利を挙げ、2018年には前半戦の出場権を手にした岸部。しかしこの時、出場14試合のうち予選通過はわずか1試合。ピンを狙えるアイアンショットの精度を痛感、フェードヒッターへ転換を図る決意をする。
「始めたての頃はドライバーが飛ばなくなってしまい、アイアンだけフェードという考えも持ちましたが、最終的には全番手の球筋を揃えることに決めました。つかまったフェードを打てるようになり、ある程度は解決されましたが、飛距離は今も全然足りていません」
課題はそれだけではなかった。体が硬いことが原因で腰痛に悩まされ、「一時はクラブを持つのもつらかった」という。飛距離を伸ばすこと、1年間戦える体を作る、というミッションを前にコーチの横田は明確な目標を岸田に意識させた。それはヘッドスピード41m/sオーバーと、それを維持し続けること。「明確に数字を提示することで意識も上がる」と横田。事実、岸部は目標をクリアし、ヘッドスピード42m/s超えも達成した。(4月の時点で、平均飛距離は237.88ヤードで、昨年平均より5ヤード上がった。8月の現在は、平均240.51ヤード、フェアウェイキープ率は65.2%、トータルドライビングは32位とドライバーのスタッツは向上している)
体の前側ではなく背中側を意識することで、捻転差は強くなっている
飛距離がアップした岸部のスウィングはどこが変わったのか。それは上半身と下半身に時間差(捻転差)を作れるようになってきたことだという。
「体の前側ではなく背中を意識して振るようになって、だいぶ時間差を作れるようになってきた感覚はあります」
もともと、「方向性を気にしだすと、体の前側でクラブを『さばく』ように振る癖があった」という岸部。(プロレベルとして)クラブをさばいてラインを出すことはできるが、そうなると捻転差が少なくなり、ヘッドが鋭角に入るためつかまったフェードが打てなくなる。
球をつかまえるにはイン・トゥ・インかつ払うようにインパクトすることが大事で、そのために重要なのが、捻転差を作ること。それが現在は継続できているわけだ。
筋力よりも大事なのは柔軟性
体の使い方を理解していても、柔軟性がなければ効果は低いと、力を入れているのがストレッチに重点を置いたトレーニング。出力自体を高めることよりも、肩甲骨周りと背中を重点的に柔らかくすることで可動域を広げることが狙いだ。岸部が欠かさず行う3つのメニューを聞いた。
メニュー① 両ひざ立ちで骨盤を固定し、片手を耳に当てた状態でひじを上に上げるツイスト。下半身が動かないように注意。左右10回を3セット。肩甲骨周りの柔軟性を高めつつ、胸かくの可動域を向上させる効果もある。
メニュー② 四つん這いの姿勢で、両手は肩の真下、両ひざの間にこぶし1つ分のスペースを空ける。この姿勢で背中を丸め、伸ばすを10回×3セット(写真下左)。背筋が伸ばされるとともに腹筋が鍛えられ、姿勢が良くなる。
メニュー③ 両腕をピンと伸ばし、片ひざ立ちで上半身を左右にねじる。ねじるときに立てたひざが外側へ行かないように注意。左右20回×2セット(写真上右)。回転量と捻転差を高め、肩甲骨周りの柔軟運動にもなる。
「スウィングのなかで上下に時間差を作るには、背中やお尻、もも裏、体の“後ろ側”を意識するのですが、柔軟性が上がったことでそれができるようになってきました。トレーニングは体の後ろ側メインでやっています」と岸部。横田によれば、こういったトレーニングで肩甲骨周りの柔軟性が40%上がったという。39m/s前後だったヘッドスピードが3m/s近くアップし、腰痛の症状も軽くなり、戦える準備が揃い始めている。
背中が意識できる2つの練習法
練習場ではドリルが中心という岸部が、継続して行うのが以下の2つ。背中に意識が向き、自然と捻転差につながるという。
ドリル① ハイティーでハーフショット。岸部自身が説明してくれた。「ハイティーで左手1本打ちのドリルです。左腕の強化と入射角を緩やかにする効果があります。私は上から入りすぎる傾向があるのですが、左足で体を引っぱるように切り返すことで手元が低い位置から下りて、インパクト付近で体の近くを通るようになり、入射角が緩やかになります。ダウンスウィングで軸が右に倒れづらくなるので、下から入りやすい人にも良いと思います」
ドリル② バランスディスクでフルスウィング。「この状況で立とうとすると自然とバランスを取りやすいポジションに落ち着くので、それを意識しながらスウィングする(もしくはシャドースウィングする)だけのドリルです。普段通りの力感で振って、フィニッシュでピタリと止まれたら、バランス良く立てている証拠です」。岸部はバランスディスクに乗ったまま、ティーアップしたボールをドライバーで打ち、ディスクから落ちずにフィニッシュまで振り抜く。
バランスディスク上では、つま先へ体重が行き過ぎるとヘッドは外から入り、逆にかかとに行き過ぎると極端なイン-アウト軌道になるという。軟らかなディスクの上で動くだけで、最適な重心感覚がつかめ、さらには上半身から動くとディスクから落ちてしまうため、足→体→腕という正しい順番を覚える効果もある、と横田コーチが補足してくれた。
ツアーで戦っている以上、結果は喉から手が出るほど欲しいが、今は焦らずに目の前のことを積み重ねることに集中しますと岸部。
この記事をまとめるにあたって、思うような結果が出ていない現時点(8月29日時点)。“遅咲きの花“へ現状の課題を横田コーチに聞いた。
飛距離アップしたゴルフへの対応が課題(横田英治コーチ)
「ひとことで言えば、飛距離が伸びたことに岸部自身が対応しきれていないことです。去年と比べ、パー5で2オンを狙う場面も増えたうえ、これまでUTを持つことが多かったパー4の2打目でも、8番や9番アイアンを持つ機会が増えました。試合でこういった経験は少なかったことから、当初は距離が合わなかったりジャッジに悩んでいたのでしょう。ただ、後半戦に入って少しずつ良くなっていますが、まだ戸惑いはあるようです。今の女子ツアーで結果を出すために飛距離は不可欠な要素で、飛距離アップは上を目指すためにポジティブなトライです。今の状況は、そのための「超えなければならない壁」だと思っていますが、選手だって人間です。できるだけ早くに結果が出て欲しい、と見守っています」(横田)
※週刊ゴルフダイジェスト2023年5月2日号の特集をもとに、新たに取材加筆で構成しました。(PHOTO/Tadashi Anezaki、Hiroyuki Okazawa、Shinji Osawa THANKS/CLUB HOUSE)