夏の甲子園で優勝した慶應高校は「破顔一笑」をテーマに笑顔で試合を勝ち進んだ。一方、ラグビー日本代表の稲垣啓太選手は試合中に笑顔を見せない「笑わない男」として有名だ。先日引退したイ・ボミは”最強のスマイルゴルファー”だった。ゴルフパフォーマンスアップのために、笑顔が必要か、無表情でもいいのか。スポーツメンタルトレーニング上級指導士で専門家の笠原彰教授(作新学院大経営学部スポーツマネジメント学科)に聞いてみた。
画像: 先日、日本ツアーを引退したイ・ボミは"スマイルキャンディ"という愛称で人気だった

先日、日本ツアーを引退したイ・ボミは"スマイルキャンディ"という愛称で人気だった

「笑顔」が自信を生む

まず、スポーツにおいて「笑顔」が有効なのかどうかを笠原教授に聞いた。

「心理学では、仕事や学業などに集中して向き合う強い注意力を『ディレクティッド・アテンション』といい、これは高い成果が上がる一方で、長続きしない。そこで、競技時間が長いゴルフや野球では実際のプレー以外のときは集中や注意をある程度落とす必要があり、これを『エフォートレス・アテンション(注意を抜く)』といいます」(笠原教授:以下同) 

ゴルフのラウンドは大半が「エフォートレス・アテンション」になるが、ここで完全に集中力を抜いてはいけない。そこで効力を発揮するのが笑顔だ。

「ラウンド中は『自信』を持ってプレーをしたい。でもなかなか内側から自信は湧いてこない。そこで外側で自信ある表情を作ることにより内面を変える、これを『アティチュード(態度)・コントロール』といいます。笑顔で、姿勢を正しく、歩幅を大きく一定のテンポで歩く。これを常にショットの合間に行うことで自信が内側から生まれ、それによってパフォーマンスも変わってくるということが起こるわけです」 

プレーの合間に笑顔を作る

画像: 世界ランク4位のビクトール・ホブランの笑顔

世界ランク4位のビクトール・ホブランの笑顔

今季大活躍したビクトール・ホブランは笑顔がトレードマークだが、ショットやパッティングのときに、ニコニコしていたわけではない。

「勝負顔」とは、プレーの合間のときの顔であり、それが「笑顔」であることがとんでもない効果を発揮したということなのだ。 

効果的な「笑顔」とその作り方を教えてもらおう。

「口角を上げることがポイントです。これによって大頬骨筋が収縮してセロトニンが出て、ストレスホルモンのコルチゾールが減るのでポジティブになります。鏡の前で、毎日3分間、割り箸を口に挟んで口角を上げるトレーニングを3カ月やってみましょう。ラウンド中は、ショットやパットの後に、10歩歩いたら『笑顔』という習慣付けでルーティン化するといいでしょう」 

笑顔の「勝負顔」、ぜひやってみよう。

「感情を一定にしたいから表情を一定にする」(イチロー選手)

「笑顔」の対極とも言える、ラグビーの稲垣啓太選手のような「無表情」もまた、“勝負顔”であると笠原教授はいう。

「元々ポジティブで明るい人や、普段から表情筋を使って笑顔に慣れている女性は笑顔に抵抗がなく、逆に男らしさのようなジェンダー規範が邪魔をして男性は笑顔を作りづらい。そういう人は『無表情』でいいんです。イチロー選手は現役時代に、『感情を一定にしたいから表情を一定にする』と言っていました。そういう人にとって、笑顔は感情が上がってしまう部分もあるので、試合中は好ましくないこともある。だから無表情がいいわけです」 

笑顔には自己効力感のアップなど様々な効用があったが、無表情にも多くのメリットが見込まれるという。

松山英樹は『無表情』のタイプ

「松山英樹選手は『無表情』のタイプのプレーヤーです。本人は緊張するとコメントをしていますが、全くそうは見えません。堂々としたプレーで自信がみなぎるアティチュード・コントロールにより、内面の緊張がわからないわけです。

ポイントは『姿勢』で、背筋を伸ばすという身体的な行動が脳に影響を及ぼし、決断力や積極性に関わるホルモンのテストステロンの増加を促し、逆にストレスホルモンのコルチゾールを低下させます。さらに、無表情で感情を一定にすることで歩きも一定のテンポになります。実は貧乏ゆすりのような一定のテンポはリラックス系統のホルモンのセロトニンを出す効果もあり緊張を緩和します」 

さらに、“勝負顔を作る”。つまり、表情の変化によって感情のコントロールを意図的に自分の力でできるようになると、困難な状況を打破する力を高めることにも繋がるのだ。 

笑顔か無表情のどちらかを2分間続けてみる

◆笑顔がいいタイプの人

画像: 「アティチュード・コントロール」にフォーカスしたプレーをする。"笑顔タイプの人"はコレ。あごを15 度ほど上げることを意識するとポジティブな感情に(左)。背中を丸めるとストレスの感受性を高め、自信を低下させる。背筋を伸ばし歩く意識を持とう

「アティチュード・コントロール」にフォーカスしたプレーをする。"笑顔タイプの人"はコレ。あごを15 度ほど上げることを意識するとポジティブな感情に(左)。背中を丸めるとストレスの感受性を高め、自信を低下させる。背筋を伸ばし歩く意識を持とう

【ポジティブな人・社交的な人・自己顕示欲が得意な人・リラックスした人】
ポジティブ思考でテンションが上がり過ぎて、次打をミスしやすい。
意気込み過ぎで顔に力が入り過ぎなので、口角を上げる「笑顔」のプレーで余分な力を抜く。

◆無表情がいいタイプ

画像: "無表情タイプの人"は「顔をほぐす」。大頬骨筋に一度思いきり力を入れ弛緩すると、顔の筋肉をほぐすことができ緊張を取ることができる。特に眉間の筋肉と大頬骨筋をほぐすとよい

"無表情タイプの人"は「顔をほぐす」。大頬骨筋に一度思いきり力を入れ弛緩すると、顔の筋肉をほぐすことができ緊張を取ることができる。特に眉間の筋肉と大頬骨筋をほぐすとよい

【集中力が高い人・内省的な人・感情が一定な人・戦略的な人】
感情の起伏が激しく、興奮すると同時に次打が不安で気になり動作がぎこちない。
このタイプは「無表情」。態度や姿勢を一定に保ち堂々としたプレーを心掛ける。

以上のように、「笑顔がいいタイプの人」と「無表情がいいタイプの人」。どちらの勝負顔を選択したらいいかのタイプ分けを笠原教授に教えてもらった。自分はどちらのタイプが合うかを判断し、実際にラウンドでやってみよう。

その際のアドバイスを笠原教授にしてもらった。

「『笑顔』や『無表情』で1ラウンドを通すのは難しいので、まずお勧めするのは、それぞれの『アティチュード・コントロール』にフォーカスしたプレーを、ショットの前後2分間でやってみてください。打った後の結果は気にせず、とにかく笑顔や無表情で2分間やる癖をつけることから始めてみましょう」

笑顔のメリット(まとめ)

①ストレスの軽減

笑顔を作ることで、脳内でストレスを感じる際に分泌されるコルチゾールのレベルが下がることが科学的に示されている。ストレス管理がパフォーマンスに直結するゴルフでは、笑顔は重要な“スキル”だ。

②ポジティブな感情の促進

笑顔は脳にポジティブなシグナルを送り、幸福感や満足感を生み出すエンドルフィンの放出を促す。これにより、プレッシャーが高い状況でも落ち着いてプレーを続けることができる。

③自己効力感の向上

笑顔には自己効力感(自信)を高める作用があるとされる。自己効力感が高まると、自分のスキルに対する信頼が増し、挑戦的なショットにポジティブに取り組むプレーができるようになる。

④緊張時の心拍数の低下

心理学においては、笑顔がポジティブな感情や心拍数の低下など良いパフォーマンスを生み出す落ち着いた状況をつくる。

無表情のメリット(まとめ)

①感情の中立性の維持

先に“表情を変える”という行動を起こすと、自分の感情をコントロールできるようになるという方法があり、これで自身の感情をニュートラルに保てると、一定のパフォーマンス維持に繋がる。

②プレッシャーへの耐性アップ

無表情を保つことは、感情の動きを内部にとどめ、集中力を維持することに繋がる。プレッシャーの多い状況下で集中力を切らさず冷静さを保つのに役立つ。

③自己制御の向上

感情を顕在化させず内部で処理することは、自己制御能力の向上につながる。無表情を保つことは、感情に振り回されず目の前のタスク(一打)に集中する力を養う。

④対戦相手への影響

無表情は対戦相手に自分の感情を読ませないことで、心理戦を有利に進め、相手に自分のメンタル状態を判断させないことで、不確実性を与えることができる。

TEXT/Masaaki Furuya 

PHOTO/Hiroyuk iOkazawa、Shinji Osawa、Blue SkyPhotos

※週刊ゴルフダイジェスト2023年12月5日号「ここぞというときの”勝負顔”を作ろう!」より

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