プレーオフシリーズ第2戦のBMW選手権を制したのは、ランク50位でギリギリの出場だったキーガン・ブラッドリー。
今回は、彼のライダーカップへの熱い思いをお話しします。今年の7月、ブラッドリーの元に1本の電話がありました。昨年のライダーカップ、ローマ大会で米国チームのキャプテンを務めたザック・ジョンソンからのもので、25年にニューヨークのべスページで開催されるライダーカップの米国チームキャプテン要請でした。
思えば昨年、同じくジョンソンからブラッドリーに電話が。このときは、23年にローマで開催されるライダーカップでの米国チームへの“落選”を伝える電話でした。この年、ブラッドリーはトラベラーズ選手権で優勝しライダーカップポイントも11位につけ、キャプテンズピックでの選出を期待していたのです。
ブラッドリーはライダーカップに、12年、14年と2大会連続して選手として出場しましたが、彼には消せない悪い記憶として残りました。メダイナで開かれた12年大会は4ポイントリードで迎えながら最終日に歴史的な大逆転負け。
グレンイーグルスでの14年大会は、最終日のシングルスでジェイミー・ドナルドソンがベタピンにつけ、ブラッドリーがOKを出した時点で米国の大敗が決まりました。
12年のときに使った黒いスーツケースは12年間、開けられることがないまま今もガレージにそのままの状態で置いてあるそうで「もう1回ライダーカップに出て、勝つまでは開けない」が、その後のブラッドリーのゴルフ人生の誓いとなりました。
11年に全米プロチャンピオンとなるが、16年のアンカリング規制で苦しんだブラッドリー。しかし、そこから復活したのは、「もう一度ライダーカップに出て……」の思いがあったから。
22年の日本でのZOZOチャンピオンシップで4年ぶりに優勝したとき、「ライダーカップに出たい」と男泣きしたものです。そんなブラッドリーに、前大会で落選を伝えたジョンソンが、今度はキャプテン指名をする展開。
タイガー・ウッズがキャプテンを固辞したり、前回の大敗後の地元開催の重責もあり、なかなか難しい人事であったことは間違いありません。
ただ、米国チームは、ビッグネームやバイスキャプテン経験者ではなく、39歳の現役選手を選びました。ブラッドリーの”熱さ”に賭けたのです。
「ライダーカップの勝利メンバーに入るのと入らないでは、自分の人生はまったく違ってくる」というブラッドリーは、「眠っている時以外は毎日、ライダーカップのことを考えている」と。
ライダーカップでダブルスを組むことの多かったフィル・ミケルソン、食事も練習ラウンドもいつも一緒だったブレダン・スティール、キャメロン・トリンゲールはLIVゴルフで同じチーム。
しかしブラッドリーはLIVには移籍せず。ライダーカップへの情熱が、仲間のいない寂しさを凌駕し、PGAツアーにとどまらせたのかもしれません。
キャプテンを受け入れてからの、このプレーオフシリーズ2戦目での優勝は、彼の強い決意の表れでもあるのでしょう。
今から来年が楽しみですね。
※週刊ゴルフダイジェスト2024年9月17日号「さとうの目」より