リンクス愛好家、武居振一が小社の特派記者も兼ねてセントアンドリュース・オールドコースに飛んだ。聖地を日本勢はどう挑んだか? 勝者の残した言葉の意味とは?
画像: AIG女子オープンが終了した翌朝に18番Hのスウィルカンブリッジにすわる武居氏(撮影/姉崎正)

AIG女子オープンが終了した翌朝に18番Hのスウィルカンブリッジにすわる武居氏(撮影/姉崎正)

武居振一(たけい・しんいち)。1952年、東京生まれ。青果商。リンクス愛好家でスコットランド中心に世界400コース以上を行脚。R&A会員。JGAゴルフミュージアム参与。米ゴルフダイジェスト誌世界ベスト100選定パネリスト。

わたしが今回のセントアンドリュース行きを決めたのは、今年の全米女子オープンで笹生優花が優勝し、渋野日向子が2位のワンツーフィニッシュを決めた瞬間だった。オールドコースに勝利のガッツポーズを決める大和撫子が誕生するのではとの期待を込めたからだ。

案の定、7月には古江彩佳がメジャーのアムンディ・エビアン選手権を初制覇。そして、日本からの参戦は19名。わたしの胸はさらに期待に高鳴った。

初日、セントアンドリュースに着いた途端、空が暗くなって雨が強くなってきた。日が長いスコットランドだからといって、19名もの選手をカバーできるかどうか……。今回の日本人選手はセントアンドリュース・オールドコースは初めてという。練習日にはスウィルカン・ブリッジで記念写真を撮ったり、聖地でのラウンドを楽しんでいた。しかし、大会初日から4日間、オールドコースは厳しい貌(かお)を見せた。強い風雨(ゲイル)との闘いだった。ゲイルとは風力8、秒速17.2~20mで、日本語では疾強風と表現する。

画像: 「ゲイル」は被っているキャップを飛ばしてしまうほど(竹田麗央、全英オープン練習日、撮影/姉崎正)

「ゲイル」は被っているキャップを飛ばしてしまうほど(竹田麗央、全英オープン練習日、撮影/姉崎正)

話は変わるが、わたしはこのゲイルに魅せられてリンクス通いを始めたといってよい。リンクスで風雨のなかに一人、身をさらすと圧倒的孤独感のなかで一種のナルシズムに浸ることができる。アドレスもまともにとれず、ボールも動く。目も開けていられない。飛距離や方向も感覚でしか判らない。ある選手が「昨日8番で打った2打目が今日は3ウッドでした。それもどこに打ったらいいか定かでない」と。もちろん練習日のような穏やかな日もある。ムキ出しの自然がリンクスの魅力、そこにわたしは引き寄せられたのだ。

19人の大和撫子たちも「経験したことのない風」といっていた。とにかく寒かった。スタート時間の運にも左右されたろう。

リンクス経験豊富なカメラマンにも訊いた。「オールドコースでこんなゲイルの悪条件はなかなか無い」と。

そんな4日間に際立った選手が2名いた。それには残念ながら19名の日本人は入っておらず、ニュージランドの勝者、リデイア・コーと2位のリリア・ヴ。

画像: リディア・コー(全英オープン最終日、撮影/姉崎正)

リディア・コー(全英オープン最終日、撮影/姉崎正)

画像: リディア・ヴ(全英オープン最終日、撮影/姉崎正)

リディア・ヴ(全英オープン最終日、撮影/姉崎正)

最終日、コーの9番ホールでのティーショットは圧巻だった。ドライバーのティーアップの高さは1㎝程度。高いトップから左サイドに引き抜いていくローフェード。バンカーは避けてラインを出す頭脳的テクニックは、まさにリンクスを制するスキルだ。

またヴは往年のベン・ホーガンを彷彿とさせるショットの連発。力感が感じられないスウィングが活きた。重圧のかかる17番ホール。スコットランドでのゴルフ勃興期の天才、オールド・トムにいわせると「手前にあるバンカーの右サイドからグリーンの右端にボールを止めるのがコツ」。160年前の箴言通りにヴは攻めていた。

世界ランキング1位のネリー・コルダの日曜日は愉しい1日ではなかった。5ホールを残して2打リードしていたが、14番ホールパー5でダブルボギーの7を叩き、そのリードは消え17番でさらにボギーを重ね、勝利は遠のいた。コルダーの今シーズンはメジャー(シェブロン選手権)1勝で幕を閉じた。

画像: ネリー・コルダ(全英オープン最終日、撮影/姉崎正)

ネリー・コルダ(全英オープン最終日、撮影/姉崎正)

高いドローボールがスッポ抜けると、オールドコースには罠が口を開けて待っている。右サイドはバンカー、もしくはハリエニシダの藪。狙いは左サイドが鉄則。毎日、西からの強風が吹き荒れた。アウトは左から、インは右から。3日目、コルダは16番、風に乗せて打ったドライブはスッポ抜けて石垣を越えOB。前述したが14番2打目も右に抜けてラフ。そこから5打費やした。ことほど左様にオールドコースは、ハイドローは諸刃の剣なのである。

最終ラウンド後、コルダは部屋に閉じこもってルームサービスとTV視聴で過ごしたことを、責める者は誰もいないだろう。その後、彼女はホテル近くの伝説的ダンビーガンパブ(リンクスロードの角)で愉しんだと聞いた。

日本勢の中で気を吐いたのは西郷真央。風を利用したリンクスゴルフを展開したと思う。持ち球のフェードで飛距離を抑えて、オールドコースを丁寧に攻めた。いくつかのパットが決まれば、あわやの場面も期待できたと思う。近いうちにビッグタイトルの予感も。

画像: 西郷真央(全英オープン最終日、撮影/姉崎正)

西郷真央(全英オープン最終日、撮影/姉崎正)

最終日、大里桃子は67でベストスコア、勝みなみの71はノーボギーのラウンド。岩井明愛は69。希望が見えた。渋野は個人的にも期待したが、体調不良で残念な予選落ち。しかし、日本勢は自然と対峙するリンクスでのゴルフを堪能したと思った選手は多いと思う。彼女たちがいつかまたリンクスに戻ってきたいという動機が生まれれば、リンクス好きのわたしにとって嬉しいことだ。

優勝したリディア・コーのことにも触れておきたい。先にホールアウトしたコーは1番ティーイングエリアの横にある練習グリーンで結果を待っていた。勝利が決定した瞬間、わたしは彼女にインタビューした。「I am famous」と満面で答えてくれたが、何のこと? と訝る読者も多いだろう。

種明かしをすると――。パリでの金メダル獲得と殿堂入りしてから2週間後、セントアンドリュースでのフィニッシュ。11年前、コーは同コースでローアマも獲得している。つまりセントアンドリュースでプロとアマのダブルで受賞。この快挙はコーが初めてだ。コーが最も尊敬するステイシー・ルイスはコーと同じくアマチュア時代から活躍し、2013年にセントアンドリュースで全英女子も勝っている。今大会にもルイスは母として子ども連れで出場している。コーはルイスにリスペクトの意味を込めて、「わたしもこれで少しは有名になれたかしら」とのメッセージを送ったのである。

画像: ステイシー・ルイス(全英オープン2日目、撮影/姉崎正)

ステイシー・ルイス(全英オープン2日目、撮影/姉崎正)

大会期間中、セントアンドリュースの街はさまざまなイベントで盛り上がった。金曜日夜は人気映画の上映、ゴルフレッスン、ミニゴルフ、子ども広場、ショッピング。ゴルフ界の大物とのQ&Aセッションなど盛り沢山。土曜の夜は有名なシンガーソングライター、トム・グレナンのコンサートで楽しめさせた。

わたしとしてもメンバーになって初めてのトーナメント取材でハウスからギネス(黒ビール)を飲みながら、観戦できたのは最上の歓びであった。

最後にR&AのCEO、マーティン・スランバーが、セントアンドリュースでの大会成功(観客動員数5万3000人)を祝い、「来年はウェールズのロイヤル・ポートコールでの開催」を告げて結んだ。

わたしの心には早くもロイヤル・ポートコールの風がざわめき始めた。それは爽やかな微風か、それともゲイルの疾強風か......。

編集/古川正則(ゴルフダイジェスト特別編集委員)
※2024年9月17日10時08分、一部加筆修正しました。

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