
菅生貴之(すごう たかゆき)大阪体育大学体育学部教授。日本スポーツ心理学会認定スポーツメンタルトレーニング上級指導士・公認心理士。1973年東京都出身。10歳でゴルフを始め日大へ。その後大学院にてスポーツ心理学を学ぶ。現在もJGAナショナルチームのメンタルコーチとして若手選手の育成に携わる。
『目標設定』はマスト。すべての競技の土台です
日大ゴルフ部出身の菅生氏。当時は、片山晋呉、宮本勝昌、横尾要という“三羽烏”を擁し、最強軍団と言われていた。「そんな中でサバイブしてきました(笑)」と言うが、卒業後、大学院でスポーツ心理学を専攻した。
「僕自身、練習場ではすごく上手くいくのに本番はボロボロになり、なぜこんなに違うんだろうと不思議に思っていました。これが最初の研究テーマになりましたね」
まだ、メンタルコーチの資格もない時代だ。
「メンタルトレーニングは、旧ソ連がアメリカと宇宙開発競争をしていたとき、宇宙の閉塞空間で精神を壊す宇宙飛行士が多くて、それを体系的にトレーニングするために考えられたというのが定説。極限状態での対応策を、スポーツに応用するようになりました」
その後、01年に開所した国立スポーツ科学センターの研究員として4年間は、体操、陸上、スキー、スキー複合などオリンピック選手を指導。メンタルトレーニングの分野は、日本はアメリカより20年くらいは遅れているという。
「アメリカは学問として着々と積み上げてきていますし、資格も整理され、ビジネスとしても成り立っています。ゴルフでいうとPGAツアーの選手はもう当たり前に取り入れていますよね」
世界で戦う金谷拓実と中島啓太は常に「目標」と「準備」を口にする
2人の賞金王もナショナルチームの卒業生で、現在も菅生氏と時おり連絡を取っている。彼らの「計画性」は、多くのセッションをもとにさまざまなスタッフとの関わりのなかで獲得したものだ。「何を解決したいかという、悩みごとは多種多様。最初のアセスメントがすごく大事です。ゴルフ界は、拙速にプロに!」という傾向が強い。まずは、人生を生きていく土台をきちんと作ってほしいんです。

24年賞金王金谷拓実、23年賞金王中島啓太
とはいえ、最近は日本のアスリート、指導者ともに意識が変わってきており、コーチ認定制度も広がった。今はコーチの育成、指導も重視しており、選手が主体的に動くにはどうしたらいいかを考えてもらうそうだ。
「メンタルも昔のように『根性』ではないということが広がってきました」
ナショナルチームでは、13年からメンタルコーチを務める。
「ヘッドコーチのガレス・ジョーンズ氏が来て変わりました。彼は我々を“サービスプロバイダー”と呼び、チームにさまざまな専門家を呼び寄せ役割分担する。また、日本人の国民性を尊重し、メンタルなどは日本人がサポートすることも必要だという考え方です。選手との個別面談を明確にシステム化しました」
宮崎のフェニックスで行われる合宿でもラウンドは一切せず、トレーニング、動作解析、栄養学や心理学などを学ぶ。ナショナルチームの「教え」で重要なことは、まず「目標設定」。
「目標設定はマストです。すべての競技の土台。一般の方も同じですよ。まず、自分の現在を知ることが大事。過去1年間、どれくらい目標を達成できたかを振り返ってもらいます。振り返ることで自分が不明確にやってきたという自覚が芽生えます。そして、今シーズンの最大の目標と、そのために自分が変えていかなければいけないものを付箋に書いて張り出してもらう。出なければそこまで準備ができていないことがわかる。出てきたものは、フィジカル面、メンタル面などカテゴライズし、それをもとにやるべきことを具体的にします。書くことで明確化され、それに向けて努力すればいいという1つの資源になるのです」

ガレス・ジョーンズを中心としたJGAナショナルチーム。「ジョーンズ氏はスウィング理論を多く話すわけではない。いくつかのオプションを用意して、最後は選手にどうするかと委ねるんです。また、共有することが大事だと。自分は外国人だから、話し方なども何か強要したり選手にプレッシャーを与えていないかチェックしてくれとも言います」
結果目標だけではなく、自分の内なるパフォーマンス目標というものもあるという。
「たとえば3カ月後にすごく大事な試合があるとすると、1週間後の試合は今試しているショットをチャレンジしてみる場にするなど。絵に描いた餅ではダメ。目標がいきなり行動を変えるわけではない。目標があって課題が出てきて、課題に対して何をしなければいけないか。3段階で行う必要があります。目標と行動の間にはいくつか壁がありますから」
これらの意味を常にコーチたちと話し合うことが大切なのだ。
「人生の目標を考えるセッションも行います。50年後の自分の人生はどうなっているか、ゴルファーとしてどうなっていたいか、30年後、20年後と今の自分に近付けてくる。人生にゴルフをどう位置付けるか、家族、名声、お金……自分の人生で大切にしたいことを軸に考えると、自分が何をすべきかは見えてくる。そこから自分に向き合うんです。また、目標設定というと、優勝や賞金という結果の目標を書く人は多いですけど、ゴルフを始めたときはもう少し内側の内発的動機、上手くなることの楽しさ、納得できる球が打てて本当に嬉しい、といったことがあったはず。そちらのほうを育ててほしいと伝えていますね」
目標とそこから広がる具体的な行動を明確に!
大谷翔平で有名になった9マスシートも「目標設定」にいい。「真ん中に目標があって周りにそのために達成すべきことがあり、そこから広がったところにはできるだけ具体的な行動を書くんです」

真ん中に目標設定を書く
最大目標を決めて、それを達成するために自分が変えていくべきものを付箋に書いて貼り、カテゴライズしていくという手法も。

目標のためにやることを明確にする
ILLUST / Shuhei Eguchi
PHOTO / Hiroyuki Okazawa、Getty Images
※週刊ゴルフダイジェスト4月8日号「ナショナルチームの教えに学ぶメンタルトレーニング」より一部抜粋