
全米オープンで逆転優勝を飾ったJ・J・スパーン
メジャー第3戦の全米オープンは、J・J・スパーンの劇的な逆転優勝で幕を閉じました。今回は、全米オープンで感じたことをお話しします。
まず、コースやセッティングに選手からの文句や非難がほとんどなかったこと。難しいを通り越して、カオス( 混沌)とでも表現したらいいのか……こうした試合では、選手からアンフェアだ、技術でなく運に翻ほ ん弄ろうされる、などの批判が起こりがちです。
しかしオークモントの成り立ちや歴史は、選手の文句や批判はもちろん愚痴すらも受け付けません。開場は1903年。著名設計家の手によるほかのクラシックコースとは違い、ゴルフ好きのお金持ちにより、ホームコースが物足りないから「とにかく難しいコースを造りたい」との一念で造られたコース。その成り立ちの精神は今も伝えられ、今大会のろに見られました。メンバーが「もっと簡単にしてくれ」というのが普通ですが、逆に「もっと難しく」と要求するのがオークモントです。
全米オープンに関しては15年あたりから、コース選びやコースセッティングにおいてUSGAがいろいろなチャレンジをしてきましたが、なかなか望む形になりませんでした。今年はUSGAやオークモントがやりたかった、オークモントの難しさや素晴らしさが存分に出た大会だった気がします。
オークモントでの全米オープンに関して、73年は、最終日にジョニー・ミラーが63を叩き出し優勝、94年は、当時のプレーオフは翌日18ホールでしたが、アーニー・エルスが2番でトリプルボギーを打ったものの大逆転、さらに前回16年は、ダスティン・ジョンソンがホールアウト後に罰打を科されながらも優勝するなど、多くのドラマと伝説を生んできましたそして今回もまた長く語り継がれるであろう伝説が生まれました。
首位と1打差の2位で迎えた最終日、コースに入るときのスパーンの硬い表情は、画面を通じて解説席からもわかりました。案の定、1番で右ラフにつかまりボギースタート。2番のセカンドはピンに一直線。バウンスバックかと思った次の瞬間、ボールはピンを直撃し、無情にもきつい傾斜を転がってグリーンの外、ピンから50ヤードの場所に止まります。ここもボギーとすると3、5、6番もボギーとし、6ホールで5つスコアを落としたスパーンは、早くも優勝争いから脱落しました。
ゴルフの神様は意地悪なことをするなあと思いましたし、この時点でスかったはずです。試合は最終組の2人、サム・バーンズとアダム・スコットが引っ張り、スコールによる中断を挟んでビクトール・ホブランが加わりティレル・ハットン、カルロス・オルティスのLIVゴルフ組が絡む展開。上位陣がスコアを崩すなか、アンダーパーで回るロバート・マッキンタイア、ジョン・ラーム、スコッティ・シェフラーらメジャーチャンピオンにも優勝のチャンスが見えてきました。
しかし、荒天による中断は、スパーンには恵みの雨となったようです。レンジでの練習中に、コーチが「Stop Trying So Hard(そんなに頑張るな)」という言葉をかけたとか。1年前のスパーンはスランプのどん底にいて、世界ランクは160位台。シードも落とし、仕事も失うという状況でした。そのなかで彼が感じたことは、「8年間、ツアー選手もやれたし、1勝もできた。妻と2人の娘と家族もできたし、これで終わってもいいのかな」。これで肩の力が抜けたのか、それが今季の好調につながっている、と。
雨の中断、そしてコーチの言葉が、転機となった当時の思いを蘇らせたのかもしれません。12番、14番で難しいバーディパットを入れると優勝戦線に再び顔を出し、17番のバーディでイーブンに戻すと単独の首位に。そして最終の18番。セカンドショットはグリーンをとらえますが、その距離は約20m。2パットなら優勝ですが、3パットでマッキンタイアとのプレーオフの可能性が高いと思った人も少なくないはず。
ところが、これまで意地悪をしていた勝利の女神がここで微笑みます。後からセカンドを打ったホブランのボールが、スパーンの後方同じラインに。それが先生となって、あのスパーンの伝説になるであろう、長い長いウィニングバーディパットとなったのです。
改めて、選手のなかに「不平不満や批判を口にしたら全米オープンでは勝てない」という認識が生まれたのではないでしょうか。6ホールで5ボギーを叩いても、怒るでも諦めるでもなく感情をあらわにしないスパーンが手にした優勝は、今後の全米オープンの大きな流れになることでしょう。
◆参考ポイント=アドレス時にひじのラインでアライメントチェック!

アドレスでひじや前腕のラインが左を向いている人も多い。チェックしよう
この試合からスパーンはジョシュ・グレゴリーというショートゲームのコーチをつけました。するとひじのラインがターゲットよりも左に向いていたことが判明。アマチュアの皆さんにも両つま先の向きでアドレスをチェックする人は多いのですが、実は右腕がかぶって前に出て、ひじや前腕のラインが左を向いている人も多い。チェックしてみましょう。
PHOTO/Yoshihiro Iwamoto, Hiroyuki Okazawa
※週刊ゴルフダイジェスト2025年7月8日号「さとうの目」より