少しずつ難しいことにチャレンジ!
「1番線に電車が参ります」。駅のホームで片方にキャディバッグ、もう一方にボストンバッグを握りしめ、1人で電車を待っていた。
伊澤塾の週末は、いつもの中学校での早朝練習を終えた後、コースに行ってのラウンド合宿が行われていた。
「おまえは他の子よりも早く行きなさい」。塾長の利夫に言われ、秀憲は他の塾生よりもひと足早くゴルフ場へ向かった。「練習量をこなすことがゴルフを上達するには1番の方法だ」という、利夫の信念のもと秀憲を最初に向かわせていた。
電車がホームに到着し、できるだけ邪魔にならないように乗り込み、荷物を自分のほうに寄せ、つり革の前に立った。車窓から時折見える海や山々は見慣れたものだった。
コース合宿が行われる場所は静岡県の函南ゴルフ倶楽部。雄大な自然と澄んだ空気が秀憲を出迎えた。時折、雲の隙間から顔を出す富士山や駿河湾に見守られながら秀憲はティオフした。
「パキンッ」
ティーグラウンドから甲高い打球音が木々を越えてこだまする。打球は大空に向かってぐんぐんと伸びて行き、フェアウェイに着弾した。秀憲はキャディバッグを担いで2打目地点へ足早に向かった。吐く息は白く、冷気によって冷やされたカート道は少し湿っていた。夏になると青々と茂っている芝も今は少し褐色がかり、薄く、硬くなっていた。
「6番でちょうどいいかな」。そう呟きながらアドレスに入り、小さな体を素早く回転させ、快音を響かせた。秀憲は「冬芝ですら天国に感じましたからね」と当時を振り返る。
早朝練習が行われている中学校のベアグラウンドは硬いだけでなく、草が一本も生えていない地面がむき出しの状態から打たなければならなかった。だから一般のゴルファーであれば難しく感じる薄く、硬い地面に枯れた芝がある冬芝でさえ、秀憲にとってベアグラウンドに比べれば「毎回ティーアップしている」ように感じた。
普段から一歩間違えればバウンスが跳ねてトップしたり、ボールと地面の隙間がほとんど無いシビアな状況から球を打ち込んでいたからこそコースが簡単に思えた。「小学生のときには毎日のベアグラウンドショットのおかげで、コースがとても楽に感じました」と話す。