「長谷部祐とギア問答!」は、国内外大手3メーカーで、誰もが知る有名クラブの企画開発を20年超やってきたスペシャリストの長谷部祐氏に、クラブに関する疑問を投げかけ、今何が起こっているのか? その真相を根掘り葉掘り聞き出すものです。クラブ開発の裏側では、こんなことが考えられていたんですね……。

「9.5度のS」はゴルファーのプライドを守るもの

GD ここ数年で、ロフト10.5度に対する考え方が変わってきたように思います。以前は、9.5度が標準で、10.5度はアベレージゴルファーのスペックという感覚がありました。なぜ標準ロフトが9.5度に定着し、現在は標準ロフトが10.5度になりつつあるのか教えてください。

長谷部 9.5度はジャンボの時代からでしょう。『J'sメタル』の「9.5度のSシャフト」がめちゃくちゃ売れました。一般アマチュアには10.5度が合うにもかかわらず、ジャンボが8.5度を使っているし、弟の直道プロが9.5度を使っているから、やっぱり、8.5度、9.5度を使いたいよね、というマインドになって、8.5度がダメだったら9.5度に落ち着いたということが、『J'sメタル』の時代にありました。

でも、メーカーはアマチュアは10.5度のほうが飛ぶことはわかっていました。その当時は、今のような弾道測定器はなかったんですが、9.5度だとドロップしちゃうけど、10.5度なら打球も上がってくれる。本当にハードヒッターのごく一部のトップアマしか、『J'sメタル』の9.5度のSは使えなかったですよね。

GD ロフト表示が始まったのはメタルになってからじゃないですか。パーシモンの時代は設定ロフトこそありましたが、個体差のほうが大きかったように思います。同じモデルでも、このドライバーは球が上がるけど、こっちは上がらないみたいなことがよく合って、ロフトの数値は二の次のようなところがありました。

長谷部 9.5度って初めからメーカーが狙った数字ではなくて、テーラーメイドの『ツアープリファードメタル』が6.5度くらいから 12度くらいまであって、日本のメーカーがチョイスしたのが8.5度、9.5度で、10.5度は後から……。7.5度、8.5度、9.5度を作っているメーカーがほとんどでした。当時はまだヘッドが小ぶりでシャローフェースだったので、浅高重心でも球が上げられたんですが、ちょっとディープフェースにしたり、ちょっとヘッドサイズを大きくすると、途端に打球がドロップしたので、9.5度が定着していったんだと思います。でもまだ10.5度、11.5度はオマケみたいな感じでした。

GD パーシモンのロフトって、そこまで立っていましたか?

長谷部 立ってないです。実際は寝ていました。12度とかもありました。

GD メタルになってロフトが立ったわけですが、メタルのほうが球が上がりやすかったんですか?

長谷部 メタルのほうが重心は高かったので、ヘッドの挙動が違ったのだと思います。パーシモンは木製だから、ネック重量が重くないので圧倒的に低重心でした。木と金属のソール、内部に錘(すい・おもり)という組み合わせのパーシモンと、ネックが長くて、重心が高いメタルでは、そもそもヘッドの挙動が違うから、球がつかまらなかったり、フェースプログレッションが小さく重心距離が短くて、逆にチーピンしてしまったり、スウィングに及ぼす影響が大きかったのがメタルウッドになります。模索してきた中で、測り方も含めて見直されたのが、9.5度だったということですね。

パーシモンのとき、ロフトはソールから測っているオリジナルロフトだけでしたが、メタルになってからは、ソールから測るだけじゃなく、ネックからのリアルロフトまで言われるようになって、9.5度でもフックフェースだとロフトが増えて、オープンフェースだとインパクトロフトが立つことがわかってきた、というのが初期の段階でしたね。

GD 9.5度という数値はメーカーの経験から出てきた最適値?

長谷部 だと思います。アメリカのメーカーも9.5度を中心とする上級者向けの設計になって10数年になりますが、アマチュアには10.5度以上のロフトが必要だということはどのメーカーもわかっていたはずです。本格的に着手したのが「ゼクシオ」で、10.5度ではなく、10度表示にしたのが、メーカーにしたら美味しいところだったんでしょうね。

GD 確かに『初代ゼクシオ』は、10.5度じゃなく10度表示でしたね。

長谷部 10.5度だとちょっとヤワく見えるけど、10度だとそんなにヤワく見えないところをゼクシオは狙ったんでしょうか。『初代ゼクシオ』は「キャロウェイ」のクラブ販売実績のノウハウも残っていたし、キャロウェイはリアルロフトが寝ているのに立ったロフト表示をしていたので、その辺の兼ね合いもあったと思う。ロフトが立っていても、キャロウェイのドライバーはホーゼルがなかったので、インパクトロフトという概念で球が上がりますという説明もあったと思います。

GD 表示ロフトは、販売に対しての作戦が含まれているということ?

長谷部 それはマーケティング上の判断でめちゃめちゃあります。意図的にユーザーマインドを満足させる数字で表記ながら、実際のところ違う数字になっていることは、ウッドに関してはどのメーカーもやっていたと思います。自分もメーカーにいたときに他社クラブを調べましたけど、なんでこんなにロフトが寝ているのに、このロフト表示なの? というクラブがたくさんありました。

GD メーカーはリアルロフトを出したがらない。

長谷部 リアルな数値を出していくことには慎重になります。アパレルでも小さいサイズ表記が好まれるというのは良くある話かと・・・。

GD カタログ上の数字は出すけども、実測値を雑誌に出すとなると嫌がられたのはそういった理由があったからなんですね。

長谷部 一度ロフト表示をやめたことがあります。何度か表記しないほうが本当にユーザーに対して有効なロフトを提供できるという発想から、13度の設計のものを「HT」にしたことがあります。9.5度が打てると思っている人に対して10.5度を勧めても、プライドが満足しないので、打って良い結果が出たとしても、買ったときの満足も提供しないとダメだから、スペック表示はとても大切です。

GD 「9.5度のSシャフト」はゴルファーのプライドを守る数字。

長谷部 これが打てるという満足度と、これを打ちたいという希望が入り混じっている数字になります。「ロフト何度?」って聞かれたときに、9.5度って言える優越感と、「10.5度のSRなんだ」みたいな、ちょっと蔑まれた感じが一般のゴルファーの間にまだ介在しているとしたら、スリーブの「カチャカチャ機能」はすごくいいことで、9.5度表示なんだけど、実はロフトが寝ていて11度になっているというのは、プライドも守れるし、打ってもやさしさを感じることができます。

GD 「テーラーメイド」で言えば、「LOWER」と「HIGHER」でプラスマイナス2度ずつ最大変えられるっていうことは、クラブの性能も大きく変わりますからね。

カチャカチャ機能を使うとロフト調整が可能。テーラーメイドの場合、10.5度を「HIGHER」にすれば12.5度になり、12度を「LOWER」にすれば10度になる

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