あの時の好奇心を大切に
「よろしくお願いします!」
ティーインググラウンドで同伴の選手たちに元気よく挨拶をする声が響いた。
「あいつが打つみたいだぞ」
「まじ? 見に行こうぜ」
ドライビングレンジやパッティンググリーンで黙々と球と向き合っていた小さな選手たちは、秀憲の姿を一目見ようと手を止めてティーインググラウンドへ駆け付けた。あっという間にティーの周りには人だかりができた。ギャラリーのワクワクと秀憲の高まる興奮がその場一帯を包んだ。
深く息を吐いてティーを差し、ターゲットを定めて「ビュンッ、ビュンッ」と素振りを繰り返した。秀憲の一挙手一投足に熱視線が注がれていた。
「カキーンッ」
小さな体を捩じり、爆発的に回転させた。そして放たれた打球は瞬く間に空へ吸い込まれていき、ギャラリーが目で必死に追いかけた。
「なんだよ、あの球…」
「やっぱりあいつ、すげぇな」
これから同じ場所に立つ選手たちやギャラリーが、秀憲が描いた放物線に魅せられて感嘆の声をあげ、度肝を抜かれた。そのドライバーショットは他の選手よりも一段と上を行く高い弾道を描き叔父の利光を彷彿とさせた。打球は他の選手よりも遥か前に着弾した。2打目は最後に打つことがほとんどだった。
「まだまだ……。これからが僕にとっての本番だ」。秀憲は心の中で近づいてくる真の腕の見せ所に向けてさらに気持ちを高めた。
フラッグがくくりつけられている8フィートの竿に目掛けて秀憲はボールに強烈なスピンをかけた。着弾したボールは急ブレーキがかかったかのように”ピタッ”とカップの側で止まった。
大勢のギャラリーに見守られると緊張で本来のパフォーマンスを発揮できない選手がいる中で、その張り詰めた雰囲気ですら楽しめていた。この余裕は間違いなくこれまで積み重ねてきた努力の賜物だった。
「あれだけの量をやっているのは僕だけだ」。他の子が寝ている時も学校に行っている時も一心不乱にクラブを振り続けていた。ティーショットやアプローチ、パッティング……。日々の練習で誰よりも量をこなし、自分で試行錯誤してゴルフと向き合ってきたからこそ、辿り着いた技術の数々は秀憲の自信となった。
それは成績にも結びつき、小学6年生で出場した試合を全勝するという離れ技をやってのけた。当時の強さを支えたのは伊澤塾のゴルフ特訓がベースにあるうえで「自分の技を見せてギャラリーや他の選手が沸いてくれることが何よりも快感だった」と思い返し、秀憲にとって試合は“自分の技術でたくさんの人々を魅了するステージ“だった。
幼い時からコースを回ることが楽しかった。その感情に加えて試合で誰かと競うことの緊張感、ギャラリーに見つめられながら技を披露して、歓声を浴びることへの喜びと快感が秀憲にゴルフの新たな楽しさを与えてくれた。