最終日の18番でエルスのティーショットはあわや隣のホールかというほど曲がった。
「リーダーボードを見ていなかったから1打リードしているのを知らなかった。もし知っていれば安全に3番ウッドか2番アイアンで打っていたのに」
後悔先に立たず。フェアウェイに出した2打目は運悪くディボット跡へ。3打目でなんとかグリーンを捉えたが13メートルのバーディトライは「奇跡が起きるかもしれない」という期待と「そんなのいくら何でも虫が良すぎる」という思いが交錯した。
そして彼は慎重にファーストパットを寄せボギーで収め三つ巴のプレーオフに進出した。
プレーオフの朝、ロッカールームに行くとそこには母国の先輩でグランドスラマー、ゲーリー・プレーヤーからのメッセージがあった。
「私の跡を継ぐのはキミだ。幸運を祈る!」
会場に詰めかけたギャラリーの9割以上がロバーツを応援する異常な雰囲気。ブーイングがこだまする完全アウェイの状況でエルスは1番でいきなりボギー、2番でトリプルを叩く最悪のスタートを切った。
「こんなところで僕はいったい何をやっているんだ」
自分に喝を入れる。3番バーディでバウンスバック。その後はバーディとボギーを繰り返しロバーツと並ぶ3オーバー74でホールアウトした。
78に終わったモンゴメリーは脱落し、そこからはロバーツとの一騎打ちになった。10番から始まったサドンデス、2ホール目の11番でロバーツがパーをセーブできずエルスが栄冠に輝いた。
ブーイングはいつしかエルスの健闘を讃える声援に変わっていた。
表彰式では純銀製の特大トロフィーのカップの蓋を落とすアクシデントも。
「あれ(蓋)が落ちて自分でも笑った!」
エルスにはこの手の逸話が多い。
南アで優勝したとき祝勝会をおこなったバーの壁に賞金の小切手を貼ったまま帰ったこともある。それだけ大らかでタイガー・ウッズも羨んだ、ゆったりとした美しいスウィングの持ち主だから“ビッグイージー”の愛称で親しまれた。
優勝争いの先頭を走っていた決勝ラウンドでも、顔見知りの少年を見つけると「暑いだろ? これ飲んで」とクーラーボックスから冷たい飲み物を取って手渡したナイスガイ。
ジャック・ニクラスは「いつかビッグ、ストロング、タッチ、3拍子揃ったゴルファーが出現すると思っていた。どうやらそんな若者が現れたようだ」とエルスに大きな期待を寄せた。
タイガーが「ハロー、ワールド」の名言でゴルフシーンに登場するのはそれから2年後のことである。