日々さまざまな理論や用語によって語られるゴルフ。頻繁に耳にするものの実はよく理解できていないことがある……そんなゴルファーも多いのではないだろうか。競技志向のアスリートゴルファーから厚い信頼を寄せられ、ツアープロコーチとして女子プロの活躍を支えた経歴もあるティーチングプロの柳橋章徳氏に、今さら聞けない、だけど今だからこそ知りたいゴルフの用語、理論あれこれを解説してもらおう。今回のテーマは「引いて引く」。
画像: プロコーチの柳橋章徳氏

プロコーチの柳橋章徳氏

柳橋章徳(やぎはし あきのり)
1985年8月15日生まれ。PGA Official TCP-Aライセンス所有。

父親の影響で小学5年生からクラブを握る。2011年よりゴルフコーチとしてのキャリアをスタート、2021年より額賀辰徳プロのツアープロコーチとしての活動を開始。USLPGAで活躍する女子プロのコーチも務めて復活優勝へ導き、アメリカへの帯同コーチも経験。

自身のYouTubeチャンネル「BREAKTHROUGHGOLF」では本気ゴルファーに向けた配信をしており、データ解析、クラブ力学や運動力学に則ったスウィング作りを得意とする。

クラブを“引く” = 重心コントロール のことだった

最近よく耳にする、「スウィングではクラブを引いて引く」というフレーズ。“引いて引く”とはなんのこっちゃ? と思っている人がほとんどだろう。さっそく、その意味を柳橋コーチに聞いてみよう。

「“引いて引く”の解説をする前に、スウィングの概念について説明する必要があります。ゴルフスウィングは人間の動作ですが、2つの考え方ができます。1つは人間が主体として行うもの、という考え方。もう1つは、ゴルフクラブが主体となって行われるもの、という考え方です。“引いて引く”は後者でスウィングを考える際のキーワード。ゴルフクラブありきでスウィングをとらえた場合の発想であり、それに根ざした人間の動きを指します」(柳橋コーチ・以下同)

自分とクラブを主従関係にたとえるなら、クラブが主で自分は従。簡単に言うと、クラブの動きを邪魔しないことがスウィングにおける最優先事項で、そのカギを握るのが、クラブを引いて、引くこと、というわけだ。

「トッププロのスウィングではクラブが効率的に動きますが、これはクラブの重心をコントロールできているからです。物体の重心をコントロールするのに最適な方法は引っ張ること。先端が重い物体ならなおさらです。これはゴルフクラブに限ったことではありません。たとえばキャスターのついたキャリーバッグを押す人はおらず、みんな引っ張りますよね。押すと重心が安定せず転がしづらいからです」

画像: クラブを押すと重心が安定せずボールに当てづらくなる

クラブを押すと重心が安定せずボールに当てづらくなる

「雪道で後輪駆動車より前輪駆動車が強いのも車体を引っ張る形になるから。クラブを動かす場合も同じで、持ち手の部分(グリップ)を引っ張ってスウィングをスタートすると、クラブの重心がコントロールできてヘッドの動きが安定します。“引いて引く”の前半部分の“引いて”とはこのことです」

画像: クラブを引くと重心が安定し、ボールに当てやすくなる

クラブを引くと重心が安定し、ボールに当てやすくなる

   

やってみるとわかるが、ヘッドを引きずりながらグリップを右に引っ張ると、テークバックでクラブがアウトに上がったり、インに引かれたりせず、いつも同じように動いて同じところに上がる。これがクラブの重心をコントロールできている状態なのだ。

画像: ヘッドをひきずりながら右に引くと、重心がコントロールされている状態を感じられる

ヘッドをひきずりながら右に引くと、重心がコントロールされている状態を感じられる

画像: 脳からの指令がヘッドにいっていまうことがアマチュアには多い

脳からの指令がヘッドにいっていまうことがアマチュアには多い

  

「要はクラブが動きたいように動くので、常に同じ位置に上がるわけです。これはプレーヤーの脳からの指令がクラブの先端にいくか、グリップにいくかで変わります。アマチュアはほとんど先端に指令が行く。そうなるとクラブを押す形になります。テークバックでヘッドの上がる位置が一定しないのはそのためです。キャリーバッグを押して使っているのと同じで、クラブを押すことで重心コントロールができなくなっているのです」

画像: グリップを右へ引っ張ることでクラブの初動を生みだす

グリップを右へ引っ張ることでクラブの初動を生みだす

  

何となく理解できるが、柳橋コーチの言うようにテークバックでクラブを引っ張ると、グリップに対してヘッドがかなり遅れて動き出す。プロがみんな始動でクラブを引いているなら、見た目にヘッドが遅れて動きだす人がもっといてもよさそうだが……。

「確かにそうですね。タネ明かしをすると、これはプレーヤーがアドレス時にクラブの重さを感じているかどうかで変わります。プロはアドレスでクラブを地面にペタッと置いているように見えますが、ヘッドの重さを感じています。下から支えるようにグリップして重さを感じ、その状態を変えずにクラブを上げている。クラブの重さを感じたままテークバックすることは、クラブを引っ張って重心をコントロールしているということ。押したり、上から押さえ込むようにグリップすると、重さ(重心)を感じられず、自分主体のスウィングになります」

アマチュアの場合、多くはアドレスでクラブを地面に置くためヘッドの重さを感じない。その状態で普段はやらないようにヘッドを引っ張るから、ヘッドが大きく遅れて動くというわけだ。また、プロはアマチュアに比べて勢いよくテークバックすることも、ヘッドが遅れて見えない理由の1つだという。

「ただ、これについてはナーバスになる必要はありません。“スウィングはクラブありき”という発想がない人は、テークバックで意図的にクラブを引いたほうがタイミングがとりやすく、後の動きにも繋がりやすい、という程度に理解していただければOKです。詳細は後述しますが、ここでクラブを引けなくても、もう1つの“引く”ができれば問題はないのです」

「引いて引く」の実践には右手の人差し指がポイント

クラブの重心をコントロールし、クラブが効率よく動く糸口になることが“引いて引く”の“引いて”の部分であることはわかった。では、それより重要だという後半部分の“引く”とはどういうことなのか?

「後半の“引く”は、切り返しでクラブを引き戻すことを意味しています。スウィングには振り子運動の一面がありますが、引き上げた振り子は引き戻すことで加速します。穴に紐を通した五円玉を高速でブンブン回せるのは、摘んだ紐を引き戻し続けているから。スウィングも同じで、引き戻すことで重心をコントロールし続け、しかも速く振れます」

「感覚的にはバックスウィングでクラブを引き上げている最中に引き戻し、反対方向に力をかけてあげるイメージ。プロのトップでクラブが一瞬止まって見えるのはこうしているからで、これがいわゆる切り返しの間です。また、切り返しで引くと、手元とヘッドが下りてくるタイミングにラグができます。こうしてできるのがタメ。タメができることでヘッドスピードが上がるのは周知の事実です」

引き続けることでクラブの重心が四方八方に動かなければ、スウィングの再現性が増すことは想像できる。もちろんその中にはクラブが回転する動きも含まれている。言い換えればクラブが元に戻ろうとする動きが働くわけで、ローテーションも自然に行われるという。

「アイアンのインパクトがハンドファーストになるのも、切り返しでクラブを引いた結果です。引っ張るがゆえのハンドファーストで、いくら体が回転してもクラブを押したら一生ハンドファーストにはなりません。下半身リードで作られるものでもない」

画像: いくら体が回転しても押していたらハンドファーストにはならない

いくら体が回転しても押していたらハンドファーストにはならない

画像: 体がとなっていても引っ張っていればハンドファーストになる

体がとなっていても引っ張っていればハンドファーストになる

「極端な話、下半身が止まってもクラブを引っ張れればハンドファーストになります。

また、物体の動きとして、引いたら先端は後ろに倒れようとしますから、クラブはインサイドから下り、体も回し続けられます。

  

これに対して切り返しで押すと、クラブが立って外から入ります。そうなると左サイドの抜けが悪くなり、体も止まってしまうのです。
切り返しでクラブを押すプロはいません。引くことではじめてシャフトに負荷がかかってしなり、インパクト付近で解放されるのです」

画像: 切り返しで押すとスティープ、引くとシャローになる

切り返しで押すとスティープ、引くとシャローになる

では、正しく引くためのポイントは何なのか?

「切り返しでクラブを正しく引くにはタイミングが重要です。ポイントはどこに圧がかかるかだと僕は思っています。プレッシャーポイントと呼びますが、クラブを安定的に引けているときは、右手人さし指の付け根部分に圧がかかっています。切り返しで、この部分にクラブが乗る感じがあるのです。それには右手のひらの下の部分に張りがないといけないのですが、人さし指をピストルグリップにすることで、その張りが作れます。つまりは右手でクラブを受けていることが大事。受け手になるからこそ、右手はフィンガーで握らなければいけないのだと思います」

画像: 右手人さし指に圧を感じ、てのひらに張りをつくる

右手人さし指に圧を感じ、てのひらに張りをつくる

コーチの言うように右手をグリップすると、切り返しで右手にヒンジが入る。するとダウンスウィングで右ひじが体の内側に入ってくる。これはタックインと呼ばれる動きで、クラブが立たず、オンラインにしか戻らないようになるそうだ。

「切り返しでクラブを引けても、右手で受けていないとヘッドがどこかに行ってしまいます。そうならないよう右手を引っかけておくことが必要で、それがクラブを使う上での原理原則。クラブの動きを牛耳らず、手の中でクラブが動きたい方向に動く素地になるわけです」

クラブの重心をコントロールするには押すより引くほうがやりやすい。引っ張ったほうが安定してクラブが使いやすく、ヘッドスピードも出ればスウィングの再現性も高まり、自然なハンドファーストにもなる。道具を扱う以上、いかに効率よく、難しくしないようにするかが欠かせないわけで、そのキャッチフレーズが“引いて引く”なのだ。

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※2024年6月20日16時50分、一部加筆修正しました。

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