タイガー・ウッズがメジャー3連勝を挙げた2000年のシーズン初戦、当時メルセデスチャンピオンシップの名称でおこなわれていたザ・セントリーでタイガーとアーニー・エルスの死闘が繰り広げられた。
99年シーズン終盤の4連勝を含む8勝を挙げたタイガーに対し、メジャーで常にタイガーと優勝争いを演じ万年2位でシルバーメダルコレクターと呼ばれたエルス。

2000年前後のタイガー・ウッズ(左)とアーニー・エルス(右)
00年のザ・セントリーでは第2ラウンドを終えてタイガーが後続に4打差をつけトップを快走。「タイガーは絶好調だね。彼はあらゆる才能を持ち合わせている。どうしようもないけれど自分を信じるしかない」とその日語ったエルスは第3ラウンドで67をマークしタイガーに並びかけ最終日は2人の一騎打ちとなる。
タイガー有利かと思われたが土壇場の17番でボギーを叩き両者が並びパー5の最終ホールに突入。ともに3番ウッドで放った第2打をタイガーが2.5メートルのイーグルチャンスにつけるとエルスはさらに内側の2メートル弱にピタリ。2人がそれを沈めて決着はプレーオフに持ち越された。
「アーニー(エルス)があのパットを決めるのはわかっていた。最高の選手には最高のプレーを期待しなければならない」(タイガー)。
サドンデス1ホール目(18番)は両者バーディ。迎えた2ホール目10番パー4はともにパーオンしたがタイガーのパットは12メートル。エルスも10メートル強と長い距離を残してしまう。
先に打ったバーディパット。タイガーの打球はスルスルとカップに吸い込まれ歓喜のガッツポーズを見せるとギャラリーは大興奮。対するエルスのそれは惜しくも数回転足りず戴冠を逃した。
「何かを強く信じればそのパットは入る」とウイニングパットを振り返ったタイガー。
敗れたエルスはしみじみとこう語った。「タイガーはまさに伝説の人になりつつある。まだ24歳。40代になったらエルヴィス(プレスリー)より有名になるだろう」
1950年代に世界中の若者を熱狂させ『キング・オブ・ロックンロール』と呼ばれた伝説のスーパースターを引き合いに出したところに四半世紀の歴史を感じるが、エルスの予言はやがて的中する。