
契約するジャスティン・ローズのパッティングをみるフィル・ケニオン(中央・黄色い器具を持つ男性)。世界トップのパッティングコーチだ(撮影/岩本芳弘)
偉大なコーチの背景
フィル・ケニオンは、イングランド出身のPGAマスタープロフェッショナルで、20年以上にわたり専門的なパッティングコーチとして活躍している。かつてはプロゴルファーを目指していたが、その道を諦め、コーチングの世界へと転身した。そのキャリアは、パッティングデザイナーとしても知られるハロルド・スワッシュのアシスタントとして始まった。スワッシュはケニオンにとってのメンターであり、彼からパッティングの技術と哲学を深く学んだという。
彼の指導者としての成功は、華々しいクライアントリストが物語っている。これまでに、ヘンリク・ステンソンやダレン・クラークをメジャー優勝に導き、リー・ウエストウッドを世界ランキング1位に押し上げた。最近では、トミー・フリートウッド、ブルックス・ケプカ、ローリー・マキロイ、そしてスコッティ・シェフラーといった名だたるトッププレーヤーたちが彼の門を叩いている。彼のクライアントが獲得した勝利は、PGAツアーとDPワールドツアーで90勝以上、メジャータイトルも6つに上るという。
パッティングの哲学と指導法
ケニオンが考えるパッティングの鍵は、スタートライン、スピード、読みという3つの要素をいかに上手く組み合わせるかにある。彼は、選手一人ひとりに合った「レシピ」を見つけることを重視しており、特定の技術を押し付けるのではなく、個々のプレースタイルや感覚に合わせたアプローチを心がけている。彼の哲学は、「感覚」を非常に重要視しており、選手が自身の感覚を頼りにプレーできるようサポートすることだ。
彼の指導法は、スポーツ科学の修士号と応用心理学の学士号という確かな学術的裏付けにも基づいている。イングランドとジョージア州シーアイランドにスタジオを構え、アマチュアから世界トップクラスの選手まで、あらゆるゴルファーのパッティング改善に尽力している。
ツアー選手権TOP5のプレーヤーたちとの出会いと成果
● パトリック・カントレー
カントレーは、友人であるツアーの選手たちがケニオンを絶賛していたことから、今年「フェデックスセントジュード選手権」から指導を受けるようになったという。彼は、パッティングに大きな不調があったわけではないが、「少しでも優位性を見つけ、少しでも上手くなりたい」という思いから、ケニオンとの取り組みを始めたと語った。
● トミー・フリートウッド
ケニオンがアシスタントをしていた時期からの付き合いで、フリートウッドが10代の頃から指導している。スワッシュのアカデミーで出会い、メンターの引退後、フリートウッドは自然とケニオンのクライアントとなった。「ツアー選手権」3日目のホールアウト後の会見で、自身の好調の要因として、「長年フィルと一緒に取り組んできた」ことを挙げ、「チームに恵まれている」と感謝を述べた。
● ラッセル・ヘンリー
シェフラーとほぼ同じ時期にケニオンのクライアントとなったラッセル・ヘンリーも、同様に劇的な変化を遂げた。ケニオンと組む前は4年連続でストロークス・ゲインド・パッティングがトップ100圏外だったが、2024年には37位に急浮上した。
● キーガン・ブラッドリー
ブラッドリーは、2011年にメジャー優勝を果たした「ベリーパター」がアンカリング禁止となった2016年以降、パッティングに苦しんでいた。2020-21シーズンにはストロークス・ゲインド・パッティングで186位に低迷。しかし、2021年9月にケニオンに師事するとともに、2014年発売の「オデッセイ ヴァーサ ジェイルバード」を使い始めた。この組み合わせにより、彼のパッティングは劇的に改善。2021-22シーズンにはトップ100入り(88位)、2022-23シーズンは58位と、弱点を強みに変えている。
● スコッティ・シェフラー
シェフラーは自らケニオンに連絡を取り、23年「ツアー選手権」でビクトール・ホブランに敗れたわずか3日後にはダラスで指導を開始。技術的な修正に加え、彼が持つ競争心をパッティングに活かせるようコーチング。その後、パターをテーラーメイドの「スパイダー ツアー X」に切り替えたことが奏功し、2024年にはマスターズを含む9勝。25年も5勝と世界No.1の地位を不動のものにしている。
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x.com3日目終了時とはいえ、世界とトッププロが集まる「ツアー選手権」でトップ5全員が同じコーチに師事している事実は、フィル・ケニオンの指導力がいかに優れているかを雄弁に物語っている。彼が「パッティング界のペップ・グアルディオラ」と呼ばれる理由が、この圧倒的な実績から理解できるだろう。
最終日に教え子たちが優勝争いを繰り広げる姿を、ケニオンはどのような思いで見守るのだろうか。10代の頃から指導してきたフリートウッドか、それとも最近取り組みを始めたばかりのカントレーか。教え子の誰が勝っても喜べる一方、悩ましい状況であることは間違いない。