自分の「良い」と周りの「良い」は違う
GD アフレコの現場を見ていて、声優さんは体調もすごく重要だと感じましたが、やはり健康に気を遣っていますか?
東地 僕はどちらかというとショートスリーパーなので、普段はあまり寝ないんですが、あまりに疲れがひどい時は睡眠をとるようにしています。風邪ひくといけないので。
GD 体を鍛えたりもしているんですか?
東地 週に1回はジムに行こうと思っているんですけど、今は2週間に1回くらいの頻度ですね。
GD 忙しくてなかなか時間が取れない感じですか?
東地 そうですね、舞台が入ったりするともうバタバタになっちゃって時間が取れないので、24時間営業の無人のジムで、夜中の2時から2時間とか。ときどき朝までやっちゃうこともありますけど。鍛えすぎちゃって胸筋がテークバックで邪魔にならないか心配なんですよ。昔、オーバースウィング気味でね。でも今はコンパクトなトップが流行っているから、胸筋でバックスウィングを止められるからかえっていいのかも、と思っているんですけどね(笑)。
GD 役としてのイガイガで難しいところってありますか?
東地 イガイガだからというわけではないんですが、もし音響監督さんが別の方だったら、僕のいつものやり方で簡単にOKが出ちゃうと思うんですよ。だけど今回の音響監督の三間(雅文)さんは、「全然足りない」「もっと挑んでほしい」って言うんです。「とんぼに対する発見と驚愕を声に乗せてくれ」って。とんぼの技を解説する場面でも、僕がやると熱い感じの解説になっちゃうんだけど、三間さんは「発見して驚いて!『なんだこのとてつもないヤツは!?』っていう解説にしてほしい。行きすぎたら言うから」という感じでリテイクを重ねていきます。こういうのは、自分の頭の中だけじゃできないものだなと思います。もちろんいろんな現場があって、何のダメ出しもなくスルスルと行くこともある。でもこちらからディレクターさんに言うことでもないし、文句がなければそれでいいんです。でも三間さんは、そういう違和感に気づいてくれて。
GD こだわりが強いんですね。
東地 だから、自分だけでなく、ほかの人たちに対するダメ出しも聞いておかないと損というか。ただのダメ出しというよりは、今どういうイメージでそのセリフを発したのか、と質問されるパターンも多い。もし自分がああ言われたらなんて答えるだろうって思わず思考してしまうような質問をするんですよね。自分で考えただけのセリフに比べて、こうしたらどうだという提案が入ることで、確実により良いものになっている。この作品の第1話を見た時に、あ、やっぱり三間さんの力もあるんだなっていうふうに思いました。
GD 私たちはこれまでアニメというものに関わったことがなかったので、この「とんぼ」の現場のやり方が当たり前だと思っていたんですけど、むしろちょっと特殊なんですね。
東地 特殊ですね。ほかの現場はもっとスルスル終わっちゃうんで。
GD 「とんぼ」は1話でだいたい4時間から、長いときは5時間近くかかっていますよね。
東地 短い現場はホント、あっという間に終わりますからね。
GD それは最終的に映像として流れた時の、作品の出来栄えに出るものですか?
東地 出ますね。もちろんほかにもたくさん優秀なディレクターさんはいるし、何も言わないディレクターさんが悪いとは言わないですけど、僕としては、こっちが完璧にできていることなんてほとんどないので、意見を言ってくれるほうがありがたい。一緒に作っていくもんだと思ってますから。今日は最終回のシーンで、無骨な人間が別れの場面で最後に号泣する姿は、胸を打ちますよね。(ゴンじい役の)青森伸さんも、もう80歳を超えていますが、三間さんから言われたことに対してまったくへこたれずに、「ハイッ」ってやっている姿を見ると、なんか自分がやっている声優の未来の希望というか、凄い仕事なんだなと思いながら今日は見させてもらいました。
GD やりづらい役とかはあるんですか。
東地 いまだに17歳の役とかをいただくことがあるんですけど、俺じゃなくていいじゃん!って思うことはあります。超イケメンの役に選んでもらって、喜んで現場に行くと「すみません、もうちょっと高めの声で」って言われて……限界なんですよ(笑)。年をとっても若い役ができる人もいますけど、僕はどちらかというと“オッサン”で生きているから、若い役は限界がありますね。
GD それでいうとイガイガは同じくらいの年齢なので、やりやすい?
東地 そうですね。イガイガの場合は、ほぼ僕が普段喋っているトーンと近いので。そうすると演技の幅が広がるというか、作られていないのですごく楽です。そこを作っちゃうと、演技の幅が狭くなってしまうんですよ。
GD これまでに、ここは自分の中で会心の出来というシーンはありますか。
東地 う~ん、会心の出来というのはないんですよね。自分では会心の出来栄えだと思ったものが、人から見たら全然ダメだったり。僕は、父が書道家だったので、自分も書道家になろうと思ってずっとやっていたんですけど、書道も自分が良いと思った作品を、師匠は「良い」と言わないことが多いんですよ。演技も同じで、今日は良かったなと思うと、演出家から「今日は全然良くなかったね」って言われることが多くて。結局、自分の「良かった」は自己満足なんです。だからキャリアを重ねるなかで、自分の演技を客観視できるような芝居ができていないと、いちばん間近で見ている観客である演出家が「良かった」とは言わないんだと、そんなふうに思っています。
撮影/三木崇徳
ヘアメイク/長島光希(air)