昨年11月に文化功労者に選ばれた青木功が、3月10日、都内で開催された「文化功労賞顕彰を祝う会」に出席。登壇前に取材対応を行い、”ツアー復帰”への意欲を語った。
画像: 「文化功労賞顕彰を祝う会」に出席した青木功

「文化功労賞顕彰を祝う会」に出席した青木功

「嘘だろって」

「自分がこんな賞をもらうと思ってないんで、嘘だろって。ゴルフ一辺倒でわがままにやってきたんだけども、それが評価されるっていうのはね、なんか自分じゃないような気がするね」と文化功労者受賞を聞いたときには驚いたという青木。

最近、ゴルフをしているかという質問には、「まだ寒いから、ゴルフはもう少し暖かくなってからね。体力次第だけど、試合も出るかもしれない。やってみたいよ。かれこれ10年やってないから、試合に出てみたいなって。その代わり体力をどれくらいつけられるか。練習して、技術や考え方がどれだけ戻ってくるかわかんないけど、やるから遊びじゃないからね」と“ツアー復帰”への意欲も語った。

画像: パターのトウを上げるパッティングスタイルを披露した

パターのトウを上げるパッティングスタイルを披露した

レギュラーツアーの可能性を聞かれると、「あのねー、レギュラーツアーに行ったらねー、1日で終わるよ」と記者たちを笑わせた。

82歳と思えない若さと情熱を持っている青木は、ジュニアゴルファー育成など今後のゴルフ界発展にも意欲的だった。

1964年にプロ入りした青木は80年に全米オープンでジャック・ニクラスと「バルタスロールの死闘」を繰り広げ、83年のハワイアンオープンでは日本人初のPGAツアー優勝という快挙を達成。「世界のアオキ」として2004年に日本男子初の世界ゴルフ殿堂入り。国内ツアー57勝、海外ツアー7勝を挙げ、16年からJGTO会長に就任(24年退任)するなど、ゴルフ界やスポーツ界発展に大きく貢献した。

政府は令和6年度の文化功労者として、青木功ほか、建築家の妹島和世さんなど20名を選出。国内や世界で活躍し、日本のプロスポーツ発展に大きく貢献したことを青木の顕彰理由に挙げている。

「コテンと死ぬまでゴルフ」

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ハワイアンオープンとバルタスロール

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